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 わが子には思う存分チャレンジしてほしい。母親の願いは同じだろう。しかし現実は厳しい。家計が苦しくて満足な食事がとれなかったり、進学を断念する子もいる。あるいは奨学金返済に迫られ、ブラック企業を辞められない。若者のことを真剣に考えているのはどの政党なのか?

「安倍さんは急に給付型奨学金の話を言い出した。だけど自民党の政権公約には“検討する”としか書いていない。なぜだと思いますか。“検討したけど、やらない”ということができるからです」

 野党第一党の民進党・岡田克也代表は、街頭演説で敵将の公約トリックを暴いてみせた。立っているだけで汗がしたたり落ちる蒸し暑さの中、Yシャツを腕まくりして聴衆にこう呼びかけた。

「子どもたちは日本の将来にとって宝ですよ。働きながら子育てができる。学びたい子どもたちが学べる。そういう環境づくりにもっともっと力を入れようじゃありませんか、みなさん!」

 拍手が沸き起こった。平日昼間のベッドタウン。主婦層や年配の男女が演説に聞き入った。見渡す限り、18歳の高校生はおろか20代の姿もない。残念ながら……。しかし、

「情感がこもったいい演説だった。感情をあらわにしないイメージだったので意外だった」(49歳の非常勤会社員女性)

 などと評価は高かった。

■大きな争点は2つ

 7月10日の参院選投開票日まで1週間を切った。候補者や各政党の幹部らが“最後のお願い”に奔走する。

 お願いするのは自由だけれど、そう簡単に、ハイ、わかりましたとは言えない。

 おさらいすると大きな争点は2つ。ひとつは憲法改正と安保法制。安倍首相はなぜか街頭演説でこの話題には触れようとしない。民進、共産、社民、生活の4野党は安保法制廃止で共闘し、全1人区で統一候補を立てた。先週号の『週刊女性』などで報じたとおりだ。

「自民、公明の与党と改憲に前向きな政党で参院議席の3分の2を占めると、衆参両院で憲法改正の発議要件を満たすため、野党4党はこれを阻止しようと必死になっている。投票率にもよるが、7月2日時点の情勢分析では与党側がかなり優勢。安倍首相の表情にも余裕がみてとれる」(全国紙社会部記者)

 もうひとつは、子どもの貧困問題だ。給食費が払えない。修学旅行に行く金がない。満足な食事をとれない。見るに見かねてボランティアなどで運営する「子ども食堂」が全国に広がった。大学卒業後、奨学金の返済に苦しむ若者もあとを絶たない。

 共産党の志位和夫委員長は街頭演説でこう訴えた。

「高すぎる大学の学費を段階的に下げ、10年間で国立も公立も私学も学費を半分にする。返済不要の給付型奨学金を月額3万円からスタートし、充実させていく。未来を担う若者にこそ投資を!」

 この参院選から18歳以上が投票できる。各政党は新たな票田を意識し、下の表のように若者にアピールする政策を並べる。しかし、選挙年齢引き下げによる新有権者は全国で約240万人にとどまり、有権者全体の約2%でしかない。

 限られた演説時間の中、それを踏まえてもなお若者政策に言及するのは、わが子の将来を心配する母親や家族の気持ちがわかっているからではないか。つまり、若者だけでなく、その親や祖父母を意識しているということ。

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■憲法改正に加えて働き方に論点隠し

 そう考えないと、どうみても街頭演説の聴衆に10~20代の若い人がいないのに、若者向け政策の推進を力強く訴えることの説明がつかない。

 民進党の岡田代表はこうも話した。

「子どもの6人に1人が貧困です。ひとり親家庭の2世帯に1世帯が貧困です。これが日本の現実ですよ。全国に子ども食堂が広がっています。素晴らしいことです。だけど、夕食もまともにとれない子どもがこんなにいるという現実はおかしくないですか。母子家庭の2世帯に1世帯が貧困なんて、先進国でそんな国はありませんよ。政策の軸が間違っているんだ!」

 怒気を含む声だった。演説を聞き終えた52歳の主婦は共感して言う。

「子ども食堂も給付型奨学金も早く手を打ってほしい。娘は高校3年生で大学進学を考えている。奨学金は借金なわけだし、学費をどうするか計算している。娘の友達の中には、お金がかかるから進学しなくていいんじゃないかと親に言われた子もいる。ゆっくりじゃ間に合わない」

 アベノミクスの恩恵が隅々に行き渡るのを待つ間にも、子どもは成長していく。親の収入が増えなくても給食費は払わなければならない。

 シングルマザーなどひとり親家庭はより深刻だ。待機児童になった場合、夫婦で負担を分け合うことはできない。子育てのために職場を失ったり、収入が減る危険性が高まる。親の収入減は家計を直撃し、子どもは親に遠慮するようになる。貧困は連鎖する。

 民進党の野田佳彦元首相は街頭演説で、「私には忘れられないエピソードがあるんです」と切り出した。

「2013年11月、ある病院の賠償責任を問う判決が下されました。60年前の赤ちゃん取り違えをめぐる判決でした……」

 裕福な家庭の長男として生まれるはずだったAさんは、13分後に生まれたBさんと病院で取り違えられた。母ひとり、兄2人、生活保護を受けながら3人目の子どもとして育った。

 6畳ひと間の暮らしだ。勉強したかったけれど定時制高校に行くのが精いっぱい。町工場で働いた。兄が倒れ、長距離トラックの運転をしながら兄の生活を支えた。

 一方、Bさんは裕福な家庭で育った。私立高校から私立大学に進学し、安定した豊かな人生を過ごした。遺産を相続して資産家になったという。

「これが現実なんです。子どもの力では残念ながら貧富の差を変えられない。自己責任では変えられないんです。社会が子どもの育ちと若者の学びを後押ししなければいけない」(野田元首相)

 言うのは簡単。実行するのが難しい。しかし、言いもしないことを実行するとも考えにくい。

 参院選における若者の雇用政策や奨学金問題について、市民団体「ブラック企業対策プロジェクト」が6月30日、都内でシンポジウムを開いた。法政大の上西充子教授は「憲法改正だけでなく、働き方に関しても論点隠しがある」と指摘した。

「政府は労働基準法改正案を出しているのに、自民党の政策にはほとんど出てこない。野党の政策には出てくるが、与野党で論戦をかわす場がない」

 これまで若い世代は投票率が低いからと軽視されがちだった。

 各政党の選挙公約などをじっくり読み込み、街頭演説に耳を傾けて判断したい。