国立西洋美術館が、7月中に世界遺産に正式決定されることが濃厚だという。国内では20番目となる世界遺産の誕生を記念して、その価値&偉大さを徹底紹介。

 今回、世界遺産に登録されるのは『ル・コルビュジエの建築作品-近代建築運動への顕著な貢献-』。そもそも、ル・コルビュジエって、いったい誰?

「ル・コルビュジエはスイスで生まれ、フランスで活躍した、20世紀を代表する近代建築の巨匠です。新たな建築の概念をいろいろと広め、世界中の建築に大きな影響を及ぼした人です」(国立西洋美術館の副館長・山下和茂さん)

 社会風刺コント集団『ザ・ニュースペーパー』のメンバーで、世界遺産検定1級、美術検定2級を持つ“美術芸人”の福本ヒデさんによると、

「世界遺産は姫路城や京都のお寺のように、パッと見て“すごい!”というものだけじゃないんです。歴史的に“これがあったおかげで世の中が発展した”というエポックメーキングなものをキチンと残す側面もありまして」

 国立西洋美術館は完全に後者だという。

「日本人はこの建物を見ても“何がすごいの?”と思うかもしれませんね。実は、今ではありふれたものとなった、鉄筋コンクリート建築の要素をコルビュジエが最初に考えだしたんです」(山下副館長)

 美術ライターの浦島茂世さんは、こう説明する。

「それまでのヨーロッパの建物は、すべて石材を積み重ねて作っていました。荷重がかかるので、窓は大きく取れなかった。コルビュジエはゴテゴテとした装飾は必要なく、機能さえあれば建物はちゃんと建つと考え、鉄筋コンクリートを柱で支える構造のよさに気づき、普及させました」

 大きな窓、間仕切りを自由に変えられる空間……。従来にはなかったその機能美は非常に画期的で、人々の度肝を抜いたという。

マンガ/もりたりえ
マンガ/もりたりえ

■コルビュジエが国立西洋美術館を手がけた理由

 国立西洋美術館は、コルビュジエが日本どころか、東アジアに残した唯一の建築作品。なぜそんな巨匠が手がけてくれたのか?

「国立西洋美術館は“松方コレクション”が原点です。川崎造船の社長だった松方幸次郎さんが、フランスを中心としたヨーロッパの絵画や彫刻を膨大に買い集めたのですが、日本は第二次世界大戦で敗戦国に。

 フランスに保管していた松方コレクションは、フランス政府に差し押さえられました。そして、その返還条件が“松方コレクションのための美術館を建てること”だったのです」(山下副館長)

 詳しくは不明だが、ル・コルビュジエに設計を依頼したのは、フランス政府への配慮もあったよう。

「とはいえ、コルビュジエはたいていの依頼を断るほど、とても気難しい人だったそうです。国立西洋美術館に関して“やる”と二つ返事をしてくれたのは、晩年の彼に“美術館を作りたい”という夢がたまたまあったからだとか(笑)」(山下副館長)

 日本の建築史上でもエポックメーキングな美術館は約2億1000万円をかけ、1959年に完成した。

「当時、文部省(現・文部科学省)や大蔵省(現・財務省)に予算を請求したときは、とても大変だったらしいです。なにせ、コルビュジエのデザインがあまりにも斬新だったので……」(山下副館長)

 ピロティ、見通しのよい回廊空間、建物内に多く見られる独立柱、スロープ、バルコニーなどは、すべて彼のアイデア。

「何もかもが、従来の美術館の建物とは一線を画していました。国立西洋美術館は、彼のコンセプトが凝縮され、体現されていることに、非常に大きな価値があるんです」(山下副館長)

■ロダン、ルノワール、ゴッホ……巨匠の名作がズラリ

 ハードの建物がすごいことがわかったところで、次に気になるのはソフト面。

「アジア随一の西洋美術のコレクションを誇っています。もともとの松方コレクションが、ロダンの彫刻作品や印象派の作品を中心としていたので」(山下副館長)

 ロダン、モネ、ルノワール、マネ、ゴーギャン、ゴッホ、ピカソなど、西洋美術史に欠かせない巨匠の作品が多数展示されている。そんな常設展のほか、『メッケネムとドイツ初期銅版画』(~9月19日)、『クラーナハ 500年後の誘惑』(10月15日~'17年1月15日)などの企画展も。

「これだけの規模で、意義ある企画展を行える美術館は世界的に見てもなかなかないと思います。これは、やはり国立ならでは。ネームブランドと交渉力があるからです。 貴重な作品を所蔵していればこそ、他国の美術館から“貸して”と言われやすい。するとウチも借りやすい。そんな背景のもと、本当にいい企画展をやっています。絶対に損はさせません!」(山下副館長)