かつて多くの子どもが命を落とした小児がん。現在では8割が治る病気になったというが、治療以外の負担や後遺症など、患者と家族の負担はまだ多い。その苦しみを和らげるために今、支援の輪が広がっている──。

遠方から通う親と病児のための施設

筑波大学附属病院が新設した“キッズハウス”

「小児がんは希少がんといわれ、年間約2500人程度が罹患しますが、質の高いケアを受けられる病院が少ないんです。小児の場合は陽子線治療の設備だけではなく、子どもの面倒を見るための体制が整っていないんです」

 小児の陽子線治療に実績のある筑波大学附属病院陽子線治療センターの櫻井英幸センター長は、小児がん患者の環境整備が遅れている現実を指摘する。小児がん患者は現在、全国で約1万6千人。15歳未満の小児人口1万人あたり1人の発症率になる。

 ひと言で小児がんといっても、血液性のがんである白血病、悪性リンパ腫、固形腫瘍の脳腫瘍、神経芽腫、骨肉腫など多様だ。小児慢性特定疾病の公費助成によって、医療費は月額最大1万5千円程度の負担ですむ。だが、家族の負担はこんなところにもある。

「陽子線治療には、1~2か月程度の期間が必要です。遠方の方には、経済的な負担が非常に大きい」と櫻井センター長。交通費や宿泊費は助成されないからだ。

 筑波大学附属病院は、今年4月から陽子線治療が公的医療保険の対象になったことで県外からの来院者の増加を見込み、6月に宿泊施設『キッズハウス』をオープンした。同病院が地元の不動産会社『一誠商事』の協力を得て設けた。遠方から通う親と病児のための施設で1泊1500円。

 埼玉県から往復で5時間かけて通っている病児の親は、こう話す。

「ガソリン代よりキッズハウスの利用料のほうが安い。時間的・体力的にも余裕ができた。今は子どものためにお金を使いたいので、ありがたい」

 病院から徒歩5分の場所で、水道光熱費も不動産会社が負担する。

 昨年4月、中学校3年生の娘・裕子さん(14歳・仮名)が脳腫瘍の治療を受けたという佐藤光子さん(51歳・仮名)は、キッズハウスの誕生を喜ぶ。

「精神的にもとても大切です。夏休みの時期に2人の子どもが待合室でイスを数個並べて寝ているのを見ました。兄弟を連れ遠方から車で来られたようでした。うちはひとりっ子でしたが、数人の子どもを抱えて看護される家族は大変そうでした」

治療後も『晩期合併症』の不安がつきまとう

筑波大学附属病院内の陽子線治療装置

 治療環境が整備され、化学療法などの進歩・向上などにより子どもの約8割以上は回復するようになったという小児がん。だが、病児や家族には、治療後の不安が常につきまとう。

「子どもは治療の副作用による影響が非常に強い。放射線治療や抗がん剤治療によって『晩期合併症』を発症する可能性がある。X線も陽子線も放射線療法のひとつだが、X線では病巣を通り抜け奥の臓器を傷つけてしまっていた。

 だが陽子線なら病巣にのみ集中し照射することができる。身体への負担を減らし『晩期合併症』の発症率を下げることができ、2次がんの発症率は、X線と比べると3倍から15倍低いとの論文がある」

 櫻井センター長が指摘する『晩期合併症』。成長期に発症したがんや治療の影響で起こる後遺症で、身長が伸びない、肝腎機能の障害、不妊、知的障害と多岐にわたる。

 脳腫瘍の治療をした裕子さんも今、治療後の後遺症に向き合う。父の佐藤敏彦さん(48、仮名)は、後遺症についてこう話す。

「物忘れがあり、覚えておいてと話したことも、すぽーんと抜けてしまう。小学校6年生の漢字ドリルをやらせていますが、半分近く間違えています。これはこうだと教えてからやらせても間違える」

 学校でも授業についていけない。バドミントン部に所属していたが、現在は車イスでリハビリ生活を送っているためコートには立てない。

 自分の身体が、手術前とまるで変わってしまった……。一番つらいことは「私の希望どおりにうまくいかないことかな」と裕子さん。それでも将来はお父さんと同じ「コンピューターネットワーク関係の技術者になりたい」と夢見る。

「退院してからのほうが不自由を感じているみたいです。人の力を借りないと生きていけないという現実を、突きつけられた感じです」と敏彦さんは、娘が置かれた立場を思い、「将来就職したり、ひとりで病院に通ったりできるのだろうか。そんな漠然とした心配を抱えています」

 小児がんの支援・啓発を行う『がんの子どもを守る会』は今年6月、「小児がん経験者の就労を考える」をテーマにシンポジウムを開催した。

「目に見えない部分で晩期合併症を発症する方もいます。例えば作業が遅い、疲れやすいなど。周囲に理解されないもどかしさがあるようです」

 そう現実を伝える一方、こう付け加える。

「大勢の経験者が社会で活躍されていることを考えると、患者本人が健康面や働くうえでの適性を知り自分に合った働き方を考えることが大切」

経験を共有し、互いに支援する“仲間”の重要性

 小児がん家族と患者の看護を専門とする東海大学の井上玲子教授は、ピアサポーターの重要性を訴える。

「ピアとは“仲間”という意味で、ピアサポーターは経験を共有し、互いに支援するものです。がんの悩みはなかなか人に共有してもらえない。そこで、同じように苦しんでいる人を助けられる家族会の重要性が高まります」

 だが、訓練を受けていない人が患者や家族を支援するのは難しい。家族会に呼びかけ、2013年に研修プログラムを作成した。現在は年2回、研修会を開催する。研修を経て、家族会を主催する人もおり、着実に成果をあげている。

「外来では聞けないような悩みも、患者・家族会では、共有することができる。子どもの食事、進学、不妊、就職のことまで、実際の経験から、生活に密着した具体的なアドバイスがもらえます」(井上教授)

「思い出が作れたことに感謝しています」

 苦しい闘病生活の中で楽しい思い出を作ろうと、2010年、NPO法人ジャパンハートが『スマイルすまいるプロジェクト』を立ち上げた。小児がん患者とその家族の旅行をサポートするもので、2泊3日以内の国内旅行を、年間8~10件、実現している。憧れのプロ野球選手やサッカー選手に会いたい、という夢を叶えたこともあったという。

「お子さんを亡くしたご両親からは、“私たちだけでは実現できませんでした。思い出が作れたことに感謝しています。ありがとうございます”とご連絡を必ずいただきます。病気だけでなく家族の心のケアにも取り組んでいくことが大切だと考えています」(『スマイルすまいるプロジェクト』推進チームの佐藤抄さん)

 これら以外にも、奨学金制度、低額宿泊施設、医療用かつらを提供する団体など、小児がんをめぐるサポートの輪は広がり続けている。

■小児がんの子どもと家族を支援する活動

【ゴールドリボン・ネットワーク】
 遠方の病院で受診するための交通費支給、高校・大学進学のための奨学金制度などを設けている。

【がんの子どもを守る会】
 電話などによる個別相談に対応しているほか、療養費援助や親の会への資金援助を行っている。

【アートネイチャー「Little Wing Works」】
【アデランス「愛のチャリティ」】
 4歳から15歳の病気や治療、事故やケガなどにより脱毛した子どもにオーダーメード、レディーメードのウイッグを無償提供する。

【ジャパンハート】
 18歳以下の小児がん治療中・治療終了後1年以内の子どもを対象に旅行や思い出づくりを支援。

【メイク・ア・ウィッシュ オブ ジャパン】
 3歳から18歳未満の難病と闘う子どもの夢をかなえる活動を行う。

【宿泊施設】
 全国各地に病気の治療を行う患者・家族のための低価格宿泊施設がある。1泊1000円程度から宿泊可能。日本ホスピタル・ホスピタリティ・ハウス・ネットワークのホームページから、全国の宿泊施設を探すことができる。
JHHHネットワーク(http://www.jhhh.jp/
※JHHHネットワーク事務局は、認定NPO法人ファミリーハウスが運営している。