8月19日、青森県で、中学1年生の男子生徒が自ら命を絶った。亡くなる前に男子生徒が書き残したメモには「いじめがなければもっと生きていたのにね、ざんねん」と書かれていた。亡くなった生徒の母親は「今は何も手につかなくて」と話し声をつまらせる。少年の死を止めることはできなかったのか─
 

悔やんでも悔やみきれない

 12歳の、まだ幼さが残るほんの少年だった。

 2学期の始業式を3日後に控えた8月19日未明、母親は少年と言葉を交わした。

「深夜2時ごろかな、誰か廊下を歩いてトイレに行く音が聞こえました。ドアを開けてのぞくと息子がいました」

 今は何も手につかなくて……と、やっとのことで口を開く憔悴しきった母親に、質問を投げかけることが心苦しい。

──お腹が痛いんだよ。

──薬を飲む?

──もう少しトイレで頑張ってみる。

──我慢できなかったらお母さんのところにおいでね。

 それが最後の、母と息子の会話になってしまった。

「何であのとき、寝ちゃったんでしょう……」

 悔やんでも悔やみきれない後悔の念が、言葉ににじむ。

 少年・聡志くん(仮名)の家は農業を営んでいる。自宅の敷地内には畑と小屋がいくつもある。両親の朝は早く、その日も午前5時ごろに起き仕事の準備をしていたという。

「トイレを見ても部屋を見ても、息子がいなくて、外の小屋の前にノートが置かれていたんです。すごく嫌な予感がして……。主人に見に行ってもらいました」

 そこで聡志くんは、首をつっていた。意識不明の状態で見つかり、すぐに救急搬送されたが死亡が確認された。

息子を『人間のクズ』呼ばわりする言葉

聡志くんは中学校では陸上部に所属し幅跳びの選手だった

 青森県上北郡にある人口約1万9千人の小さな町で、町立上北中学校に通う中学1年の男子生徒が自ら命を絶った痛ましい事件。

「警察の方のお話では、機敏に実行したとのことでした。非常に計画性が高いと。何で気がついてあげられなかったんだろう……。普段はのんびりしてるのになんでこんなときだけ」と、母親は息子の無念の決意を知り、涙を流す。

 ハガキ大のメモに、死を賭して伝えたかったメッセージを残していた。

「『いじめがなければもっと生きていたのにね、ざんねん』とか、いじめていた子の名前と、されて嫌だったことが書いてありました。ノートの最後には、本当に小さな文字で『いわれて一番嫌だった言葉』が書いてありました。すべてをお伝えすることはできませんが、息子を『人間のクズ』呼ばわりする言葉です」

 同じクラスの生徒は、「いじめに全然気づいてあげられなかった」と語り、「本当におとなしい、普通の子でした。得意科目は英語かな。発音もよかったし、積極的に手を挙げてました」と偲んだ。

 聡志くんは、はっきりとしたいじめ被害に遭い、そのことを打ち明けていた。

「近くの席の子にイスを蹴られて嫌だって言うんです。だから学校に電話で相談していました」と母親。

 その結果、担任は相手の生徒に指導をしたという。

 担任に言われるということは、あいつが告げ口をしたに違いない。そう考えたのか、その後、相手のいじめに拍車がかかったという。

 陸上部で、女子仲間と楽しそうに話す聡志くんを「何で女とばかり話すんだ」とからかう。「お前の日本語は何を言っているのかわからん」とバカにする。そんなしつこいいじめ被害を、聡志くんは母親に伝えたという。

「保護者から訴えもなかったので収束した」

「あれは6月の頭でした。『死にたい』と漏らすようになって……。そのころに1回だけ、ご飯を食べているときに、『学校に行きたくない』とポツンと言ったんです」

 子どもの口から何があっても聞きたくない「死にたい」という言葉。子どもを守りたい、救いたい一心で母親は、

「学校に行きたくないのならフリースクールがあると、命の大切さを説いたり、いじめる相手に嫌だと言ってみたらとかいろいろ話をしました」

 同時に学校へも相談の電話を再度かけたという。だが12歳の少年の「死にたい」という言葉に込めたSOSを、学校側は緊急の対応が必要だと受け止めなかった。罪深い。

「連絡して、息子が死にたいと漏らしていると伝えても、あいまいな返事をして『指導して様子を見ます』と言うだけなんです。電話じゃ全然聞いてもらえないと思い学校へ行き直接お願いしたんです」

 6月13日のことだった。母親は「席替えをしてほしい」と訴えた。学校側は「席替えをしたばかりだから、すぐにはできない」と杓子定規だった。それでも「6月末の期末テストが終わったら、席替えをする」と担任と教育指導の先生が約束したが、母親の訴えを重視していなかったことが、その後、町教育委員会に提出された報告書に残されていた。

 東北町教育委員会の漆戸隆治教育長は、

「『その後、保護者から訴えもなかったので収束した』との記載がありました」

 と明らかにした。訴えがなければ問題が解決したと報告する浅はかさ、無責任体質。聡志くんの死は、まさにそんな教育者への抗議の意味も含まれていたのではないか。

 何もしない学校、その結果、残されたのは、いじめによって人生を台無しにされたひとりの少年の死だ。失われずにすんだ命ではなかったのか。

お役所の「いじめ防止基本方針」

 少年の心理に詳しい新潟青陵大学の碓井真史教授は、

「『死にたい』と子どもが言いだしたとき、管理職に報告し、複数の大人の目で確認していたのか。私なら子どもと面談し、切迫した状況か確認をします。そしていじめがあるとわかったら、医療とつなげるなど、学校がチームで動くことが大原則です」

 としたうえで、防ぐには、

「担任が『何があっても君を守る』と宣言し『何かあったら言って』と伝えておくんです。子どもは仕返しされることが怖い。だから担任との信頼関係が大切になる」

 同町は、いじめ根絶を目指し、「いじめ防止基本方針」を作成し、今年4月から運用を開始していたが、悲劇を防ぐことはできなかった。

 聡志くんの死を受け、9月2日、「いじめ防止対策審議会」を立ち上げた。

 前出・漆戸教育長は、

「遺族からは『事実関係を含めて調査対応していただきたい』。学校や教育委員会を恨むようなことはなく、『しっかり対応して、同じことが起こらないようにしてください』とお言葉をいただきました」

 と、原因究明を約束する。

 生前、聡志くんはプログラミングに夢中で、海外のサイトを見て、得意の英語を生かして勉強していたという。夏休みに入ると宿題も進んで取り組み、今年も忙しい仕事の合間を縫って、1日だけ家族で海水浴に行った。

「楽しかったようで、『ブイのところまで泳いで沖まで行ったよ』とうれしそうに話して」

 だが、楽しい夏休みの先にある2学期が目の前に迫り、心がすくんでしまったのか。

 1週間、仕事も中断してしまったため、農作物は売り物にならなくなってしまったという。少しずつ仕事を再開したが、作業をすると「仕事手伝うからね」と言っていた聡志くんの言葉が頭をよぎる。

「何も手につかなくて少しずつやっていかなくちゃ、このままじゃダメだと思ってはいるんですが」

 ご両親の無念が晴れることはない。