相手の不安心理を思いやることなく親切にしたりすると…
「出る杭は打たれる」などと言われるように、横並び志向の強い日本の社会では、自分を際立たせないように気をつけないと、思いがけないところで足をすくわれることになりかねない。そんな難しい社会を生き抜くためのヒントを、心理学博士で『他人を引きずりおろすのに必死な人』の著者でもある榎本博明氏が解説する。

意外な人が、あなたの足を引っ張る理由

 外資系企業に中途入社したAさん(30代、男性)。転職したばかりで右も左もわからないときに、面倒見のよい同僚に助けられた。

 会社は「年齢は関係ない、実績がすべて」といった社風で、Aさんは入社1年目から成果を出し、年収もグンと上がった。

 すると、その同僚の態度が一変した。Aさんがいかにえげつない仕事の仕方をしているかを、周囲に触れ回ったのだ。あんなに親切にしてくれていたのにと思うと、恐ろしさすら感じたという。

 上司に執拗にケチをつけられる人もいる。Bさん(30代、男性)もそのひとり。手際よく仕事の段取りを整えていると、「周りへの配慮なく勝手に進めている」と言いがかりをつけられたのだ。あげくに、「あいつは使えない。仕事は速いんだが、雑すぎる」などと評判を落とすようなことを言いふらされた。

本記事は「東洋経済オンライン」からの提供記事になります

 その上司は、パッとしない部下を可愛がったりする。「しようもないヤツだな」などと言いながらも、やたらと好意的で面倒見がいい。Bさんはあまりの対応の差に愕然としている。

 足を引っ張るのは同僚や上司だけとは限らない。仲のよい友だちに、足を引っ張られるケースもある。

 Cさん(20代、女性)。社内で仲のよい同性の同僚に、「資格をとってキャリアアップしたいから、これからは早めに帰って勉強しようと思う」と話した。同僚は「いいね、私も勉強しなくちゃ。一緒に頑張ろうね」と言ってくれた。それなのに、仕事帰りにしょっちゅうお茶や食事に誘ってくる。毎回誘いに応じていたら勉強がはかどらないので、ときどき断るしかない。そうしたら、「あの子、自分だけ抜け駆けして出世したいみたい。最近つきあいが悪いの」というようなことを言いふらされていた。

 このように、身近な人に足を引っ張られるケースは意外と多い。その背景にあると考えられるのが、「みんな一緒」といった意識、いわば「日本的平等主義」だ。

日本社会の横並び主義と母性原理

「同じ年齢の人間は同じ待遇であるべき」といった感覚は広く共有されている。そのため、学校では原則として飛び級がなく、落第もない。本来は、実力に応じて教え方も変えたほうが、効果が上がるはずなのに、能力別のクラス編成をすると、「レベルの低いクラスに入れられる子がかわいそう」などといった声が上がる。

 そこには心理学でいう、「母性原理」が強く機能している。母性原理とは、温かく包み込む機能にある。「よい子・悪い子」「強い子・弱い子」「できる子・できない子」などに区別することなく、みんな平等に扱おうとする。

 日本のように母性原理が強く機能する社会では、個人が何らかの基準で区別されることがなく、能力のない者も、パッとした成果をあげられない者も、簡単に切り捨てられるようなことはない。協調的でやさしい人間が育つことになるが、同時に能力ややる気がない者に甘えが生じやすい。

 母性原理が強くはたらく日本の社会では、「みんな一緒」といった平等意識が強く、能力差を認めようとしないため、できる人物、成果を出している人物がいるとそれをねたみ、引きずりおろそうとする心理がはたらきやすいのである。

 欧米化が進み、競争社会になってきたと言われるものの、今でも私たち日本人は、このような配慮をごく自然に行っている。たとえば、自分のほうが相手よりよい成績を取ったときは、相手の体面を傷つけないように、おどけながら「たまたま」だということを強調する。自分がよい成績を取ったからといって得意になって喜びを表すことはしない。

 それは、横並び社会にありがちなねたみを恐れてのことといえる。

「出る杭は打たれる」というのは、まさにねたみによって有能な人物が足を引っ張られることを指す。「みんな一緒」であるべきなのに、「一人だけ抜きん出るのはけしからん」といった心理がはたらく。「出る杭は打たれる」ことになる。それを恐れて、だれもが「出る杭」にならないように気を遣う。横並び志向の強い日本では、能力の高い人物ほど葛藤を抱えることになる。

心理学的な3つのアドバイス

 では、組織で引きずりおろされないよう、うまく立ち回るにはどうすればよいか。心理学的なアドバイスを3つ、お伝えしよう。

1)できない人に親切にしてはいけない

「大変だろうと思って親切にしたのに、陰で悪口を言われていたのを知ってショックだった」――。そんなふうに嘆く声も、よく聞く。

 なぜそのようなことになるかといえば、できない人は、「バカにされないか」「軽く見られないか」といった思いを抱えているからだ。「見下され不安」を抱えているのだ。

 見下され不安の強い人は、親切のつもりでアドバイスしてくれても、自分が助かったということよりも、相手のほうが自分よりできるということのほうが気になる。そのため、ちょっとしたことで逆恨みされやすい。

 助かったという感謝の気持ちよりも、相手が上からものを言ってきた、こっちよりできる、こっちより知っているという感じで言ってきた、あの「上から目線がムカつく」といった気持ちが勝る。

 大切なのは、親切心を発揮しすぎないこと。とくに、仕事があまりできない人は、見下され不安を心の中に抱えている可能性が高いということを覚えておきたい。

 そのため、親切のつもりでしたことでも、「優位に立ってものを言うからムカつく」「いい気になっている」などといった反応につながることもある。必要以上にかかわらないようにするのがいいだろう。

2)落ち込みやすい人に励ましの声をかけない

 落ち込んでいる人を見ると、同情心が湧いて、声をかけてあげたくなるものである。だが、落ち込みやすい人にうっかりかかわるとややこしいことになりがちなので注意が必要だ。

 抑うつは攻撃性と関係しており、落ち込みやすい人は攻撃行動を取りやすいことがわかっている。そこには、物事をネガティブに受け止める心の習慣が関係している。

 落ち込みやすい人に同情して励ましの声をかけると、勝手に悪意に解釈されることがある。

「自分は優位に立って気分がいいだろう」などと見当違いの攻撃をされる。

 相手がそれほど親しくない職場の同僚や先輩・後輩の場合は、安易に同情して声をかけるようなことは慎みたい。思ってもみない反撃にさらされる可能性もあるからだ。

3)パッとしない上司にはホウレンソウ

 上司へのホウレンソウは難しいものだ。日頃から「自分で考えて動け」と言われるとつい遠慮してしまう。上司が忙しそうであればなおさらだ。だが、ホウレンソウを遠慮していると、思わぬ誤解を受けることがある。

「あいつはオレのことをバカにしてるのか?」

 と上司が言っていたといううわさが耳に入ってきて、慌てたという人がいる。「彼は相談もなく勝手にことを進めるから困る」と言われているのを知って愕然としたという人もいる。

 問題は、遠慮したことにある。その証拠に、上司の忙しさを配慮せずに、こまめに報告や相談に行く部下は、迷惑がられるどころか、むしろ可愛がられていたりする。どうしてなのか。

実は上司の心のケア、という面も

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 ここで大切なのが、上司の不安心理に目を向けることだ。上司はみんな部下から信頼されているのかが気になるものだ。部下たちから頼りない上司だと思われているかもしれないといった不安を抱えている。

 一方、部下から相談されたり、こまめに報告を受けたりすると、「自分は尊重されてるんだ」と、自分の存在価値を実感することができる。

 つまり、ホウレンソウは、報告や相談がないと仕事を進めるうえで困るというような実務的な意味だけではなく、じつは上司の心のケアといった心理的な意味ももつのである。

 無視された、軽んじられていると思うと防衛本能から攻撃に出る。だから、いちいち報告しなくてもいいかと思うようなときも、とりあえず報告しておく。たいした内容でなくても、報告することに意味がある。そう思って、とにかくこまめにホウレンソウに励むことだ。


《著者プロフィール》榎本 博明(えのもと ひろあき)◎心理学博士 1955年東京生まれ。東京大学教育心理学科卒業。東芝市場調査課勤務の後、 東京都立大学大学院心理学専攻博士課程中退。川村短期大学講師、カリフォルニア大学客員研究員、大阪大学大学院助教授等を経て、現在はMP人間科学研究所 代表を務める。研究活動をはじめ、執筆、雑誌への寄稿、テレビやラジオ出演など活躍は多岐にわたる。講演では心理学をベースに、コミュニケーション、企業 人材育成、子育てなどをテーマとしている。