川村元気さんが感動した3冊

感動した3冊を挙げてくれた映画プロデューサーで小説家の川村元気さん

 現在ヒット中の映画『君の名は。』を企画・プロデュースしている川村元気さん。20代は映画の原作を探すため年に約300冊の“乱読”をしていたそうだが、自分で小説を書くようになってからは、海外小説をよく読むように。しかし今回、最初にあげたのは吉田修一の『怒り』。

■『怒り』(吉田修一 著/中央公論社)

若い夫婦が惨殺された事件が未解決のまま1年が経過し千葉、東京、沖縄に身元不詳の男が現れる。彼らを愛した人たちは疑いと、信じる気持ちの間で揺れ始め……。

「吉田さんは今、何を見ているのか、何に気づいているのか、が気になる人です。この作品も怒って暴れている人たちが出てくると思っていたら真逆で、今の怒りっていうのは怒って叫んだり、誰かを殴ったりではなくて、何をしても状況は変わらないと諦めてのみ込んでいる状態だという真理を突いていてギョッとしたんです。

 吉田さんの作品は、いつも“自分の中にこういう気持ちがあったんだ”と思い知らされるんですよね」

海外小説はおもしろいものが多い

 次にあげたのが、イギリス人作家、イアン・マキューアンの『未成年』。

■『未成年』(イアン・マキューアン 著/新潮社)

宗教上の理由で輸血を拒む少年。その裁判を担当する裁判官は夫の浮気で夫婦関係が破綻するが、少年との間に不思議な絆が生まれて……裁判と彼女の人生の行方を描く。

「マキューアンも吉田さんと同じで今様のテーマをがっちりとらえています。インターネットで何でも情報が取れるような現代では、他人の劇的な悲劇が近くなっていて、家族の不和などの身近な悲劇に現実味がなくなっていくんです。

 この本は裁判官の女性が主人公。宗教上の理由で輸血を拒む少年についての問題など、仕事ではあらゆることに対して適切なジャッジができるのに、夫が浮気しているという自分の身近な問題は解決できない。その対比がおもしろかった」

 3冊目は、タイ系アメリカ人作家がタイを舞台に描く短編集『観光』。

■『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ 著/早川書房)

タイを舞台に描かれる表題作『観光』をはじめ、7つの短編が収められた著者のデビュー作。紀伊國屋書店の「ワールド文学カップ」でMVPを獲得。

「表題作の『観光』が掛け値なしに素晴らしかった。もうすぐ失明する母親と息子が一緒に旅をする話ですが、目が見えなくなるとわかったときに見る景色ってきれいだろうなと、逆説的に美しいものを描く手法としていいなと思った。

 それで死んでいく人が見る世界、失っていくときに気づく価値ってあるよな、とインスパイアされて『世界から猫が消えたなら』を書いたんです。

 これは旅行に行くときに持っていくといいですよ。海外小説は、ものすごい淘汰を経て日本まで辿り着いているから強いテーマ性を持ったものが必然的に残っているし、実際におもしろいものが多いんです」

人間は予想外のことに感動する生き物

 川村さんは、「人間の感情はややこしくって、こうなる、とわかっていると感動しないんです」と言う。

「人間って予想外のことが起きたときに、笑ったり泣いたり感動したりする生き物なんですよね。僕が海外小説を選ぶのも、予想ができないからです。

 例えば日本の小説で、この作家でこういうテーマ、となると、“だいたいこんな感じなんだろうな”って事前にわかってしまうこともある。でも海外の小説で、しかもタイ系アメリカ人が書いている、となったときにまったくどういう小説かわからない。

 女性裁判官と少年の話、しかもマキューアンが書いたって聞いたときに、それはどんな話かわからないけど、なにかニオうよね、という感じです」

 そして、いい本を探しあてるときの条件は“まずタイトル”と断言する。

「タイトルに向かって書く、もしくは向かって書いたものをタイトルにするから、おのずと強いものになる。タイトルがフニャフニャしていたら、作家の覚悟が決まっていないのかなと思います。僕の新刊小説『四月になれば彼女は』もタイトルに向かって書いたところがあります。

 それからおもしろい本を選ぶには、なるべく自分ではないフィルターがあったほうがいいですね。自分とセンスは違うけどおもしろいなと思える人に聞くと、感動する本に出会えると思いますよ」

<プロフィール>
◎川村元気(かわむら・げんき)
映画プロデューサー、小説家。1979年、横浜生まれ。映画『告白』『悪人』『モテキ』、現在公開中の『君の名は。』『怒り』などを製作。'12年『世界から猫が消えたなら』で小説家デビュー。最新小説『四月になれば彼女は』が11月4日に発売予定