読者からの手紙を読む三輪晴美記者=2009年、毎日新聞東京本社で(撮影=平田明浩)

 今、「乳がん」は日本人女性の12人にひとりがかかると言われています。

 芸能人の公表も続き、とりわけ最近、小林麻央さんのブログに関心が集まっています。骨と肺に転移していることや、ステージ4であることが明かされた際は、メデイアも大きく反応しました。「がん」「転移」「ステージ4」。いずれも重く、深刻な響きです。

 かく言う私も「ステージ4」の乳がん患者です。

 告知された時は、すでにリンパ節と骨の多くに転移していました。胸の腫瘍は一度に計測できないほど大きく、転移で頭の骨も溶けかけている状態でした。「首の骨がいつ折れてもおかしくない」。医師にそう言われ、体を起こすことも歩くこともできませんでした。手術はできず、休職をして抗がん剤治療を受けました。

 それから8年。私は今、記者として普通に仕事をし、夜は好きなワインを飲み、休みには海外にも出かけます。病気が分かる前より心も体も元気かもしれません。決して奇跡が起きたわけではなく、また特別な治療を受けたわけでもありません。

「がんステージ4=末期=死」。ひと昔前はそれが常識だったでしょう。しかしがん医療は進歩し、そのおかげで今、私は元気に生きています。もちろん、抗がん剤は効果も副作用も人それぞれです。治療の効果が少なく、副作用が重い人も少なくありません。「100人のがん患者がいれば、100のがんがある」。まずはそのことを、多くの人に知っていただきたいと思います。

 女性が胸を失う。その悲しみは計り知れません。

 乳がんは、初期の段階で適切な治療を受ければ、治る可能性が高いがんです。多くの場合、胸を部分的に切除する「乳房温存術」も可能です。ところが、たとえ小さな腫瘍でも、広がり方や位置によっては、乳房を全て摘出しなければならない場合があります。

 昨年、ステージ2の乳がんが分かり、全摘手術を受けた北斗晶さんも、記者会見で「胸がないのを見るのは、何より勇気が必要だった」と正直な気持ちを明かしました。私が取材をした全摘後の患者さんは、「異形のものになり果てた」と、その悲しみの深さを語ってくれました。

 残念ながら、今のところ「胸を切らずに治す」という治療法は一般的ではありません。とはいえ「乳房再建術」の進歩は、ひとつの希望といえるでしょう。かつては、お腹や背中の組織を移植する「自家組織」による再建のみが保険適用だったのが、近年、シリコンを使う 「インプラント」による再建も適用になり、より自分に合った方法が選べるようになりました。

 もちろん、再建すれば全ての問題が解決するというわけではありません。外見も感覚も、完全には元に戻らないため、「性」の悩みなどを抱える人も少なくないようです。そして体の一部を失うのは乳がんだけではありません。咽頭がんなど、のどのがんでは「声」を失う可能性があります。大腸がんでは人工肛門(ストーマ)となる場合もあります。

がんと向き合うということ

 人は、ある日突然、がん患者になります。治療や暮らし、将来のこと。さまざまな場面で価値観や人生観が問われます。「自分にとって大切なものが何か」。それを教えてくれるのが、がんという病気なのかもしれません。

「乳がんステージ4」の5年生存率は33パーセント程度(2001年から05年に診断された症例)で、他のがんに較べて進行が遅く、抗がん剤も効きやすいと言われています。とはいえ初期で治療を終えても、10年以上経ってから転移再発する場合があります。

三輪さんが執筆した『乳がんと生きる』(毎日新聞生活報道部)*記事内の画像をクリックするとAmazonの紹介ページに進みます

 ステージ4患者の私は今、胸とリンパ節からは画像上、がんが見えない状態です。でも、骨にはまだ腫瘍が残り、いつ肺や肝臓に転移しても不思議ではありません。あとどのくらい生きられるのか。それは神のみぞ知る、です。

 ひとつ言えるのは、残りの命の長さがどうであれ、その時間を大事にできるかどうかは本人次第ということです。まず必要なのは、誤った情報に惑わされず、医師と良い関係を保ちつつ、適切な治療を受けること。

 そのうえで「最善を期して最悪に備える」のがより良い道でしょう。言葉で言うのは簡単ですが、もちろん厳しく、険しい道のりです。

 それでも、生き生きと日々を重ねるがん患者はたくさんいます。私がお会いした中には、がんの中でも難治と言われるすい臓がんステージ4で、取材後ほどなく亡くなった女性がいます。「週末は、ひとりでバスツアーに行くの」。お会いした時、楽しそうにそう話してくれました。どれほどの葛藤を経たうえでの笑顔だったのだろう。同じ患者の私にも想像できません。

 でも言葉の端々に、最後まで自分らしく生きようという強い意志が感じられました。小林麻央さんのブログからも、自らの病から目をそらさず、これからの時間をより輝かせたいという気持ちが痛いほど伝わってきます。

 最後まで悔いなく生きるには。その問いは、がん患者はもちろん、全ての人に投げかけられています。


<著者プロフィール>三輪晴美(みわ・はるみ)◎1964年大阪府生まれ。1989年毎日新聞社に入社し、事業部に所属。1992年から出版局に勤務し雑誌や書籍の編集に携わる。2008年11月乳がんが見つかり、治療のために休職。2009年11月職場復帰。以後、2016年現在も治療を継続中。2014年4月から生活報道部記者。