取材したら、誰も恋愛していなかった

小説『四月になれば彼女は』を上梓した川村元気さん 撮影/森田晃博

 今年、映画史に残る大ヒットとなった『君の名は。』、そして『怒り』『何者』……すべてプロデュースはこの方、川村元気さん。当代随一のヒットメーカーである川村さんの、発売されたばかりの待望の新刊『四月になれば彼女は』(文藝春秋)は恋愛小説! 待ってましたという方も多いのではないでしょうか。

「人は、自分の意志でコントロールできないものが3つあります。死とお金と恋愛です。『世界から猫が消えたなら』では死を、『億男』ではお金をテーマに書いたので、今回は“恋愛を書く”と決めていました」

 主人公は、30代前半の精神科医・藤代俊。3年交際している獣医師の弥生と婚約中ですが、ふたりは2年前からセックスレス。熱い想いはもう消えています。そんな彼のもとに、大学時代の写真部の後輩・元恋人のハルから手紙が届きます。4月はボリビアのウユニ湖、7月はチェコのプラハ、10月はアイスランドのレイキャビクから……なぜハルは旅先から手紙を送ってくるのでしょうか? 

 物語は読者と藤代に小さな謎を投げかけ、現在と過去を行き来しながら進んでいきます。

「この小説を書くにあたって、30代から50代の男女100人以上に話を聞いたんですが、誰も熱烈な恋愛をしていなかったんです。驚きましたね。男女が愛し合っている話を書こうとしたら、モデルになる人がいなかった。ならば、恋愛していない人たちが恋愛を取り戻そうとする物語を書こう、それもユニークかもしれないと思いました。

 一方で、本当にそういう気持ちが僕らの中から消えたのか、問いたいという思いもありました。誰かが好きで、苦しくて、嫉妬に苛まれたという経験をほとんどの人がしているはずなのに、10年20年たってくると、みんなドライにやり過ごしている。なぜなんだろう? その答えを探しに冒険に出たという感じですね」

川村元気さん 撮影/森田晃博

 ハル、弥生、弥生の妹の純、藤代の後輩の医師・奈々。藤代を取り巻く4人の女性それぞれの恋愛観も読みどころです。

「弥生は、自分の性格を理解していて、自立している。けれども、それだけに愛を強く求められない。彼女は、4人の中でいちばん“今の気分”に近いというか、弥生のようなタイプの女性は多いんじゃないかと思います。

 昔の恋人、藤代に何通も手紙を書き送るハルは、女性読者の反感と憧憬を同じくらい受けるキャラクターかもしれませんが、藤代に大事なことを伝える人物でもあります。

 純は、結婚していて満たされているように見えるのに“愛のあるセックスと、愛のないセックスの違いって、どうしたらわかると思います?”などと言って、藤代を誘惑する。彼女は、奔放ながらも恋愛の本質を理解している。

 対照的なのが奈々。恋愛やセックスは人生にとって重要ではないと思っている。すべてのキャラクターにはモデルがいます。ただ、それぞれタイプは違いますが、1人の女性の中には、4人の側面が全部あるんじゃないかな。阿修羅像のように、女の人にはいくつもの顔があると思います」

 ハルの手紙が届き始めてから、藤代と弥生の、凪のようだった関係はゆるやかに変化していきます。そして後半、弥生がある行動に出るのですが……。

恋愛は自分の見たくない部分が出てくる

「藤代は、驚くほど自分から動かない人物なんですよね。途中から僕は、弥生にすごく肩入れしながら書きました。藤代に限ったことではないんだけれど、今の男って、受け身であることが多くて(笑)。男の無責任さに対してすごく苛立つというか。自分でも不思議な感情でしたね」

 読者の側も、誰に肩入れするかで、意見は分かれそうです。

「今回、この小説のことでいろんな方と話す機会があったんですが、女性4人に対する好き嫌いも含めて、みんな違うことを言うんですよ。それは、この物語がきっと“自分自身の話”だから。

 恋愛って、生身の自分の見たくない部分、恥ずかしい部分がどうしてもあらわになってしまう。見て見ぬふりをして先延ばしにしていることもたくさんある。それをひとつひとつ俎上に載せた小説なので、自分の内側の問題と向き合うような気持ちになってもらえるのかもしれません。

 実はこの小説を書きながら『君の名は。』を作っていたんです。こちらは運命の恋がテーマなので、2つの作品の落差を感じて僕自身が分裂しまくっていました(笑)。二律背反する感情を同時に抱きながら書くのは面白かったけど、とても疲れました。でも僕はどうしても“今の現実とその先”を描きたかった」

 確かに、普段は心の奥に閉じ込めている過去の記憶や感情が否応なく刺激される作品です。

「どんな小さなことでも、何か“思い当たる節”があるといいなと思っています。物語がその人の内側に入り込んだという証拠だから。映画でも小説でも、見てくれた人、読んでくれた人の人生にお邪魔したい、何かしらの作用を及ぼしたい、という欲望が僕にはあるんです。この作品が読者の血肉に混ざって、固まって残ったらうれしいですね」

<プロフィール>
川村元気(かわむら・げんき)
1979年、横浜生まれ。映画プロデューサー、小説家。上智大学卒業後、『告白』『悪人』『モテキ』などの映画を製作。2011年、優れた映画製作者に贈られる「藤本賞」を史上最年少で受賞。長篇小説は本屋大賞の候補作となった『世界から猫が消えたなら』『億男』に続き、今作が3作目。他の著書に宮崎駿、坂本龍一ら12人との対話集『仕事。』、理系人との対話集『理系に学ぶ。』など