「1時間待たされて診察はたったの3分」「話を聞いてくれない」と、医師の対応に不満を持つ患者は案外多い。一方で、きちんと説明をしたにもかかわらず、「初めて聞きました、と患者に言われた」という経験をした医師も珍しくない。

 なぜこうした行き違いが起こるのか? NPO『楽患ねっと』副理事長で医療コーディネーターの岩本ゆりさんが指摘する。

「1人の患者さんに時間を多く割けないという現実があります。保険診療では、患者さん各自の理解度を確認して、わかるまで説明をしていくというやり方では外来診療が成り立たない。患者さん自らが意思表示をしなければ、わからないままになってしまいます

医師に必要な情報を伝えられない患者

 患者も医師も「自分が伝えたい内容に終始しているから」と言うのは平松類医師。『伝え上手な患者になる!』の著書を持つ平松医師は、すれ違いの背景を次のように解説する。

医師が知りたいのは、いつから、どんな症状が出て経過はどうかという病気に対するベーシックな情報。だから単に病気の説明だけをすればいいと思いがち。医学部の授業で患者さんへの伝え方を学ぶ機会に乏しいことも影響しています。

 かたや患者さんの話は病気への不安ばかりで、医師が知りたい情報は出てこなかったりする」

 病気が心配なのは患者からすれば当然の感情。だがそんな気持ちが先走ると、医師は“正確な診断の邪魔になる”として患者の話をあえて聞かず、すぐに検査へ回すようになる。

「不安な症状をすべて並べ立てて、今どうしてほしいのか、いちばん何がつらいのか伝えられなくなっている患者さんもよくいます」

 と平松医師。

 また反対に、遠慮があって言いたいことを言えない、わからないことがあっても伝えられないという場合も正確な診断をするうえでマイナスに。

医療ミスの疑いがある場合、原因の7割は、“医師と患者の意思疎通がうまくいっていないため”と指摘する調査もあります」

 最近増えているのがインターネット普及の弊害。その名も『グーグル病』だ。

例えば《頭痛 リンパの腫れ》などと、気になる症状を検索して《白血病》が出てきたら、自分もそうだと信じ込んでしまう。医師にも、『白血病だと思うんです』と診断を受ける前から決めつけたような言い方をする。これではきちんとした診断を受ける気がなく、薬だけくれと言っているように見えてしまいます」

生き方や価値観にも関わってくる問題

ひとつひとつの説明はしていても、治療の全体像やどう病気が進行していくか、その状況下で今、何を決めなくてはいけないのかといった話をしていない医療者が結構います

 と岩本さん。前出のNPOへこんな相談があった。脳梗塞で入院中の母を持つ娘。病院から胃に穴をあけて直接、栄養をとる“胃ろう”の提案を受けたが、決めあぐねている状況だったという。

病院から“かなり厳しい状況”と聞いている。胃ろうや、鼻から管を入れるといった処置についての説明も受けている。ただ、お母さんが今後どうなっていくかという説明はされていない。医療者から見れば、おそらく転院や施設への入所を暗に促してくるだろうな、とわかるケースでした」

 先が見えないなかで決断をするのは難しい。

「娘さんは“本当にダメなら家に連れて帰りたい”と言うので、医師にそう伝えたうえで話し合いの機会を持つよう助言しました」

 治療法を選ぶということは生き方や価値観にも関わってくる問題。まず自分がどうしたいのかわからなければ、聞き上手な医師であってもお手上げだ。

「“がん治療のガイドラインにない手術を受けたい”との相談を受けたことがあります。セカンドオピニオンを求めて7つの病院を渡り歩き、5つが手術に反対、2つが手術に賛成。結局、どちらが正しい判断かわからないという話でした」

 岩本さんと話をするにつれ、相談者は「身体の中にがんがあることが耐えがたい。リスクがあっても取り除きたい」という自らの意思を確認できた。だが、このやりとりを“3分診療”に求めるのは無理がある

「伝え上手な患者」になるために書き込みシートを活用する

 では、どうすればいいのか。平松医師は「メモをとること」をすすめている。やり方は簡単。下のイラストのようなシートを作って書き込むだけ。

 

「1には、いちばんつらい症状を書きましょう。それから2に時間経過を書く。例えば痛みの場合、いつからどう痛くなったのか。ひどくなってるのか、やわらいできたのか。それらによって診断や治療法が変わるため重要なポイントです」

 3には、1以外に困っていることをまとめて。

症状だけでなく、例えば“DV被害に遭ってるので夫に連絡しないでほしい”“治療費が心配”といった内容でもかまいません

 4は病名がはっきりとしている場合、医師に書いてもらうか、教えてもらってメモをとろう。

「病名がわかれば、同じ病気の体験者に話を聞いたり自分で調べたりして、理解を深めることができます。そうして書き終えたメモは診察の前に、看護師から医師に渡してもらうようにすればいい。看護師は医師の機嫌や状況をいちばん把握していますから

 大人であれば、言いにくいことを上手に伝えるスキルを持っているもの。それを病院でも生かせばいい。

「例えば、他院への紹介状を書いてもらいたいときは“他人のせい”にすればいいんです。父がどうしても診てもらえと言ってきかないので……と伝えれば、角が立ちません。患者さんが上手な聞き方をしたり、いい質問をしたりする病院は医師も成長します