三鷹駅、エキナカに並ぶ『紀ノ国屋』と『KIOSK』

 2016年も、JR東日本はエキナカビジネスを発展させた。7月には東京駅にあるエキナカ「グランスタ」を増床し、11月20日には、千葉駅に「ペリエ千葉エキナカ」をオープンさせている。同社の駅スペース活用事業は、2018年度には営業収益を4270億円(2015年度実績比106.8%)にする目標で、まだまだ発展させる計画である。

 そんなエキナカビジネスの礎として、JR東日本は2010年に紀ノ国屋を買収している。なぜ、紀ノ国屋が必要だったのか。その答えは、紀ノ国屋とエキナカの特徴を見ていくと明らかになる。

 紀ノ国屋は、目立った宣伝もなく店舗も少ないので、知名度は高くないが、東京では知る人ぞ知る存在である。日本初のスーパーマーケットで、戦後間もない頃は在日アメリカ人を得意客とし、それまで日本人には馴染みの薄かった、サラダ用の野菜、フレッシュジュース、パン、輸入チーズ、輸入ワインなどを扱ったパイオニアである。

 現在も、青山にある(本店に相当する)KINOKUNIYA インターナショナルは、イオンや西友などとはまったく違う。まずは、その店舗の様子を紹介したい。

 入口の野菜や果物は、他のスーパーのように無造作に山積みされることはなく、スポットライトのような強い光を浴びて、美しく見えるように陳列されている。一つ一つ緩衝材に包まれた高級フルーツ、京野菜など、高価な食材や珍しい食材が並んでいる。

 紀ノ国屋にはPB(プライベート・ブランド)も多いが、トップバリュー(イオンのPB)とは違い、価格は大手メーカーの商品(ナショナル・ブランド)よりもむしろ高い。コストを下げるためのPBではなく、老舗の商品を扱ったり、厳選した食材を使ったりするため、自ら加工しているのだ。

表参道にある『KINOKUNIYA インターナショナル』

 魚コーナーでは、アワビが丸ごとパックされて約3700円で売られているし、この時期には勢子ガニも並ぶ。勢子ガニはズワイガニのメスで、約2か月間だけ解禁になる貴重なものだ。
魚介類はしっかりとパックされて、真空パックも多い。野菜も、パックしたりビニールに入れたり、しっかりと包装されている。手に野菜や魚の臭いがつくことなく買い物を楽しめるのだ。

 もう、おわかりだろう。青山の紀ノ国屋は、セレブたちが愛する “スーパーマーケット”なのだ。高くても、おいしい食材、オーガニックなどの健康食材、食通が好む食材などをそろえ、売り方にもこだわる。利用客も、それに見合った客層が集まる。紀ノ国屋の地下駐車場には、BMW、クラウンマジェスタ、レクサス、ベンツ・・・と、最高級クラスばかりが吸い込まれていく。

キヨスクとの根本的な違いとは

 では、“エキナカ”の特徴は何だろうか。

 品川や上野、東京などの駅構内を歩くと、一昔前と比べて、その変貌ぶりに驚かされる。おいしそうなにおいに満ち溢れ、強めの照明の中、デパ地下のようにオープンな店が並ぶ。スイーツ、ワイン、ベーカリー、お惣菜など、それこそデパ地下のような店も多いが、飲食店も多い。

 今までにない新形態なので捉えにくいが、間違いなく言えるのは、(元祖エキナカともいえる)キヨスクとは根本的に違うということだ。

 キヨスクは、我々の日常の中にあり、新聞やアメ、弁当などを売っている。一方のエキナカは、「プレミアム・プライベート」や「自分カスタマイズ」、「ココロReset」など、カタカナ・アルファベットのコンセプトを持ち、ターゲットの客層を絞って、ワンランク上のものを売っている。

 ワンランク上という点ではデパートと同じだが、デパートは“百貨店”というぐらいで、化粧品、食材、衣料品、家具など何でも売るが、エキナカはスペースが限られるため、かさばる商品は扱わない。エキナカに衣料品店(特に靴屋)が少ない理由の一つは、スペースの問題があるのだ。

 エキナカとは、限られた空間で、ワンランク上のものを売るビジネスである。だからこそ、コンセプトを決めて、それにあった店舗をJR東日本が自ら決めるのだ。こうして、こだわりの空間ができあがる。

 一方、セレブたちに受け入れられる紀ノ国屋は、ただ単に高い商品を売っているわけではない。高くても良い商品、他では手に入りにくい商品をそろえる。商品を美しく見せるなど、売り方にもこだわる。それが、こだわりの空間であるエキナカに求められる要素だ。

佐藤充氏が執筆した『鉄道業界のウラ話』(彩図社より)

 今、上野駅をはじめとしたエキナカに紀ノ国屋が入り、三鷹駅でも、ベーカリー、フーズショップ、ワインバール&カフェと、バラエティーに富んだ紀ノ国屋ができている。

 紀ノ国屋であれば、少し高いが、何を買っても間違いないし、他にはないものが手に入る。これが、エキナカのステータスにもつながっている。JR東日本が紀ノ国屋を買収したのも、理にかなっていたわけだ。

 ちなみに、エキナカなどにある紀ノ国屋は、KINOKUNIYA entréeというブランドで、青山の店などとは区別される。entrée(アントレ)とは、フランス語で「入り口」という意味だ。

 たしかに、売り場スペースは限られるが、入りやすい。おかげさまで、最高級車で買い物をするセレブではなくても、紀ノ国屋を楽しめるようになった。

 クリスマスが近づくにつれて、「紀ノ国屋にでも行ってみようか」と、プチ贅沢をしたくなる。少し高いが、たまには紀ノ国屋もいいだろう。


文)佐藤充(さとう・みつる):大手鉄道会社の元社員。現在は、ビジネスマンとして鉄道を利用する立場である。鉄道ライターとして幅広く活動しており、著書に『鉄道業界のウラ話』『鉄道の裏面史』がある。また、自身のサイト『鉄道業界の舞台裏』も運営している。