女子目線の“落語ブーム”が到来中!

 いま、落語に熱視線が注がれている。落語会は首都圏だけで1000件を突破する月も出てきた。寄席や独演会に若い女性が並び、映画館で落語が楽しめる『渋谷らくご』(東京・渋谷区)は学生や20代のカップルで賑わう。テレビや雑誌でも頻繁に特集が組まれるほど。

 ブームの火つけ役は、雲田はるこの漫画『昭和元禄落語心中』(講談社)。テレビアニメも好評を博し、今月から第2期がスタートした。昭和の落語界を舞台に、「最後の大名人」と彼に弟子入りする元チンピラ、早世した天才落語家とその娘といったさまざまな人物、過去と現代が交錯する人間ドラマだ。作中には古典落語の名作が続々登場、アニメ好きだけでなく落語ファンをもうならせている。

 数多くのアニメイベントでMCを務める、ニッポン放送の吉田尚記(ひさのり)アナウンサーが言う。

「僕は、大学時代は落研(落語研究会)にいて、アニメも大好きだったので『落語心中』の登場は衝撃でした。読んで“女性は落語家をこう見てるんだ”とわかった。女性にとって、落語家はエロい存在なんですね。僕らにはない視線。弟子と師匠の関係にしても、どこかBL(ボーイズ・ラブ)の香りがする。男性だったら、あの物語は絶対に思いつかなかったでしょう

ニッポン放送の吉田尚記アナウンサー。アニメと落語をコラボさせたイベント『声優落語天狗連』を主催

 吉田アナは、『渋谷らくご』をプロデュースする学者芸人・サンキュータツオとともに、「アニメ×落語×声優」のコラボイベント『声優落語天狗連』を主催している。

「声優人気はずっと続いていて、彼らはしゃべるのが仕事ですし、落語をやってみてもらうのもおもしろいんじゃないかと思っていたんです。そんなときに『落語心中』が出てきた。

 イベントはこれまでに7回開催し、数百人規模の会場はいつも満席。3〜4割は落語ビギナーで8割近くが女性ですね。会場のひとつである浅草東洋館は、“若い人だけで満席になるのは初めて”と驚いていました

 目玉は、声優による落語の披露。

「いつもは声しか聞けない声優さんが汗水流して必死に演じる姿を、お客さんはドキドキしながら見守る。その後に落語家が登場し、作中に登場する演目を披露する。プロのすごさも味わってもらえます」

“生ライブ”を味わいにぜひ寄席へ

 週3回以上は寄席や落語会に足を運ぶ演芸コラムニスト・渡邉寧久(ねいきゅう)さんは、女性たちの落語人気について、「寄席は昔から男性が多く目につきますが、女性の1人客も見かけるようになりました。女性の比率が圧倒的に高い独演会もあります。『渋谷らくご』や500円で入れる寄席などが情報誌に紹介されて、注目されたことも大きいでしょう」と話す。

演芸コラムニストの渡邉寧久さん。新聞や情報誌で演芸に関する連載を持ち、監修著書に『落語入門』(成美堂)など

 落語会が簡単に開けることもファンの裾野を広げた。

「落語家は個人で家にも呼べるんです。1人2000円の会費で30人集客すれば6万円。経費や食事代を引いても5万円残る。そのギャラで満足してくれる上手な二つ目はいっぱいいますよ。病院に落語家を呼んだ人もいます。死ぬ前にあの噺をもういっぺん聞きたいとね」と渡邉さん。

 吉田アナも、「カフェや居酒屋で生の落語が味わえ、YouTubeで気軽に楽しめるようになった」とブームの背景を分析する。かつては「変人の男子の集まり」(吉田アナ)だった落研も、「“イマドキ女子”が部室を賑わせている」と渡邉さん。落語家を志す若者も増えつつあるという。

 ビギナー女子におすすめの聞き方を渡邉さんは、

「立川志の輔や春風亭昇太など何をやってもおもしろい鉄板の落語家を聞きに行くことが確実でしょうね。でも、最終的には好みかどうか。落語は高座と客席が近く、演者の表情や仕草など生理的な好みが反映されやすいですから。気になる落語家の独演会に行ってみるのがおすすめです」

 そのココロは?

落語は噺家がその日に経験した出来事や気分が芸に反映される。同じ噺家の同じ噺でも毎回違うのです。そんな噺を客はそれぞれ自分の脳内に映像を浮かび上がらせながら味わう。だから予備知識なんかなくても楽しめる。そこが、最大の醍醐味なんです」

 ライブを楽しむ感覚で、まず寄席に行ってみよう!

ココだけは押さえておきたい“落語のいろは”

 寄席に行く前にチェックしたい、落語ビギナーのための基礎知識を紹介!

■落語っていったい何?

「1人の人間が身振り手振りで複数の人間をしゃべり分け物語を展開する芸能」(前出・渡邉さん、以下同)

 最後に「オチ」(さげ)がつく噺が多い。また本題に入る前、落語家は「マクラ」と呼ばれる世間話や本題に関連する小噺をして場を温めることもある。

■まず覚えたい3大用語

「高座」…寄席や劇場などで、演者が芸を見せるための一段高いところ。

「寄席」…“人寄せ席”の略。落語、漫才、講談、マジック、曲芸などの演芸を見せる演芸場のこと。

「色物」…寄席で落語以外に行われる大衆芸。かつて上演される演目を落語は黒、そのほかは朱墨で書いていたことが由来。

落語家は「寄席」の「高座」に上がって落語を披露する

■東西で違いはあるの?

「発祥地が東京のものは江戸落語、大阪のものは上方落語と呼ばれますが、上方の噺を東京に移植、また、逆に東京の噺を上方に移植したものもあります。気風の違いから、江戸落語は武士や町人の噺、上方落語は商人の噺が多い傾向です」

 また、上方落語は、三味線太鼓などの「鳴り物」が入る演目が豊富。「見台(けんだい)」と呼ばれる小机や足を隠す「膝隠し」など独自の小道具も登場!

■万能アイテムの扇子&手ぬぐい

 落語で使う小道具は、主に扇子と手ぬぐいの2つ。これらをさまざまなものに見立てて客の想像力をかき立てるのだ。例えば、扇子は箸、刀、煙管(きせる)、竿(さお)などに変身。目線を使って長さを表現する。かたや手ぬぐいは本、財布、帳面など幅がある小物に化ける。

 新作落語では、携帯電話を扇子に見立てたり、スマートフォンに入力する仕草を手ぬぐいを使って表したりすることも。

■無休の修業期間「見習い」「前座」

 東京で落語家になるには、まず師匠を見つけて弟子入りし「見習い」からスタート。師匠についてカバン持ちや身の回りの世話をこなしつつ着物のたたみ方を覚え、落語の稽古(けいこ)にも励む。その期間、数か月。

 次に、「前座」として寄席に出入りする前に、師匠から芸名をもらう。楽屋では掃除、お茶の用意や着付けの手伝いなどのほか、ネタ帳への記入、太鼓叩(たた)きなど寄席の進行に必要な作業も任される。加えて合間に当然、稽古も重ねなければならない。そんなめまぐるしい前座時代は、だいたい3〜5年とか。

■若手がひしめく「二つ目」とは

 前座修業がすんだら、「二つ目」に昇進。

「羽織を着ることも許されます。毎日寄席の楽屋に行く必要がなくなり、高座の数も減る。昇進したてのころはご祝儀の仕事が増えますが、それがなくなってからは自分で仕事を探さなければならなくなります」

 二つ目の期間は8〜11年ほど。どうセルフプロデュースしていくかが重要だ。

■誰もが憧れる「真打」って?

 落語家の最上位が「真打」。周囲の許可が出ると晴れて昇進、寄席で最後に出演する資格を得られる。トリを務める実力の持ち主、というわけ。

「ただし、真打はゴールではありません。落語家に引退はないので、どこまでいっても現役。芸を磨き続けなければならないのです」

 真打になるまで平均15年。そこから先も厳しい鍛錬を重ねていくのだ。

■もっと知りたい落語用語

「一番太鼓・二番太鼓・追い出し」…上から、寄席の開場、開演前、終演時に叩く太鼓を指す。それぞれ叩き方が違う。

「高座返し」…演芸の終了後、次の演芸の準備をすること。落語の場合は座布団を裏返し、「メクリ」(芸人の名前が書かれている紙)をめくる。

「中入り」…寄席での休憩時間。その手前に出る芸人のこともそう呼ぶ。

「主任」…いちばん最後に出る演者のこと。トリ。

■意外!? 落語家のフトコロ事情

「前座は寄席に出ると日当が出る。ただ1日じゅう働いていて、食事代や交通費は基本的に師匠が払ってくれて、ときには先輩にもおごってもらえるので出ていくお金は少ない。前座の間はお年玉ももらえます。

 寄席に出ると、二つ目、真打など香盤(落語家の中での序列)にそって「ワリ」と呼ばれる出演料が出ます。落語会などへの出演料の相場は、二つ目だと5万円くらいですが、大看板(大物芸人)では60万〜70万円になることも」