『JSA』『オールド・ボーイ』『親切なクムジャさん』『渇き』など、数々の衝撃作を手掛けてきた韓国映画界の鬼才、パク・チャヌク監督(53)。新作『お嬢さん』が3月3日から日本公開されるのに先立ち、2月上旬に来日した。

 原作は2005年版の「このミステリーがすごい!」で1位を獲得したサラ・ウォーターズの小説「荊の城」。映画では、1930年代の日本の統治下時代の朝鮮半島に舞台を変更。美しい令嬢・秀子(キム・ミニ)を中心に、彼女を支配する叔父(チョ・ジヌン)、財産を狙う詐欺師(ハ・ジョンウ)、侍女になりすました孤児(キム・テリ)が、だまし合いを繰り広げる官能サスペンスだ。

 パク・チャヌクの代名詞でもある、狂気をも感じさせる圧倒的な映像美は健在。中でも、女優陣が体当たり演技を見せたラブシーンは、エロスと女性礼賛のメッセージが融合した名場面となっており、韓国のみならずアメリカやフランスでも大ヒットを記録した。世界的監督のひさびさの来日とあり、ホテルに缶詰め状態で数多くの取材を受けていた監督だったが、インタビュー中は終始笑顔でジェントルマンな対応。韓国随一の文化人らしい、深い考察を交えながら熱く語ってくれた。

男女4人のし烈なだまし合いを繰り広げる官能サスペンス 映画『お嬢さん』/(C) 2016 CJ E&M CORPORATION,MOHO FILM,YONG FILM ALL RIGHTS RESERVED

──原作では19世紀のイギリスが舞台ですが、日本統治下の1930年代の朝鮮半島に置き換えた理由は?

「原作をベースにした作品は、イギリスのBBCですでに作られていたので、私が頑張ったところで似てしまうと思い、設定を変えました。世間とはかけ離れた貴族のような階級が存在する社会背景で、統治下で侍女がいて、収集癖のある登場人物がいて、という舞台設定を考えると、唯一の選択肢でした。身分の差だけでなく、国籍、しかも(当時、政治的に)敵対し合う二国間の差ができあがり、物語としてさらに豊かになったと思います」

──日本家屋のほか、着物、春画など、日本文化が数多く登場するだけではなく、主演4人の台詞は、かなりの部分が日本語です。外国での演技は大変な作業だったと思いますが、流ちょうで驚きました。

「本作は韓国語と日本語の融合が重要で、両方の言語を自由に操る必要がありました。日本の俳優に韓国語を勉強してもらうことも考えましたが、韓国語の台詞のほうが多かったため、このような形になりました。俳優たちは何か月間も日本語の訓練を重ね、本番では渾身の力を込めて演じてくれました。外国人ということで未熟な点が多々あるかと思いますが、韓国から見た日本はこうなのかなと、温かい目で見守っていただけたら嬉しいです」

──日本人スタッフも数多く参加したとか

「脚本の翻訳は、日本の近代文学を専攻していた教授のおふたかたに参加していただいて一行、一行、しっかりと台詞を確認していきました。韓国在住の日本人女優さんには現場に来てもらい、言い回しなどを教えてもらったほか、日本人の助監督も起用しました。日本でのロケは三重県などで7回行い、日本の撮影プロダクションに協力してもらいました。昨日、助監督から携帯メールが来たので、“取材が終わって、銀座で鉄板焼きを食べている”と報告したら、“うらやましいです!”と返信がありました(笑い)」

 

韓国映画界の鬼才、パク・チャヌク監督

──秀子役のキム・ミニ、スッキ役のキム・テリというふたりの女優が素晴らしいケミストリーを見せていますが、キャスティングの経緯は?

「まず、どんな映画なのか、どんな役なのかというところでキャスティングをしていきますが、そうはいっても個人の好みは入ってくるもの。私は、ただ従順で大人しい人はあまり好みではなく、賢明で自分の主張や考えをしっかり持っていて、それをためらわずに表現できる女性がセクシーだと思っています。

『お嬢さん』では、物語が進行するにつれて、次第にキャラクターの実像がすこしずつ浮き彫りになっていきます。それぞれの役を感情を表現しながら演じるために、女優はある種の俳優としての技が必要になってきます。そんな演技力のある女優を、秀子役に求めました。知名度のある経験豊かな女優という点で、キム・ミニさんをキャスティングしました。

 スッキ役は無名の新鮮な女優を使いたかったので、大規模なオーディションを開催し、1500名の中から選びました。キム・テリさんは、私の前でもまったく気おくれすることがなく、自分の意見をはっきり言える女優。オーディションでも、ほかの女優が似たような演技をする中、彼女は全く違った解釈で演じてくれたんです。彼女なりの考えを持っている点を高く評価しました」

──センシュアルなベッドシーンがあるなど、ふたりの関係性が重要なキーとなっていましたが、演出の面で心がけた点は?

「とにかく、たくさんの脚本の読み合わせの時間を持つようにしました。ふたりの台詞だけではなく、全体の台詞や、ト書きまで読んで、“なぜここはこう書いたのか”と、ひとつひとつ説明しました。彼女たちにも意見を言ってもらい、それを脚本に反映するといったことを重ねるうちに、自発的に作品に参加しているんだという気持ちになってくれたと思います」

──女性としてはとても痛快な展開だったのですが、韓国で上映した際、男女の観客の間でリアクションの差はありましたか?

「叔父の上月(チョ・ジヌン)と、藤原伯爵と名乗る詐欺師(ハ・ジョンウ)は、どちらもみみっちい男の姿を見せるキャラクターでしたので、心が狭い男性は居心地が悪かったようです(笑い)。でも、大部分の方は笑いながら楽しんでくれましたね。

 観客の男女比で言うと、圧倒的に女性が多く、舞台挨拶で全国を回った時も8割が女性でした。111回見たという熱心な方が登場するなど、ある種のファン層が生まれて、雑誌の特集になったりしました。一部の女性ファンからは、“(原作に比べ)男性の場面が多すぎる”という不満もいただいたのですが、原作通りに作らないといけない決まりはありませんので、男女4人を主人公にして撮りました」

──男性監督だからこそ、制作時には女性の視点を意識する部分があったのでは?

「そうですね。女性の濡れ場を男性が覗くような映画を作る気は全くなく、撮影でも最大限、神経を使いました。私が男性監督で、エロティックなシーンが多いというだけの理由で、女性学の言葉でいうMale Gaze、男性の視点のみで作られた作品だと批判する人もいましたが、まったくの的外れです。

 蔵書室で、秀子が男性たちに取り囲まれる中、官能小説を朗読するシーンがありますが、あれはまさにMale Gazeの設定。私がこのシーンで意図したのは、男性から向けられる視線の暴力。『お嬢さん』は、その暴力から女性が脱出することをたたえる映画なんです」

──最後に読者にメッセージを

「『お嬢さん』は、女性が解放されるための作品。そこに驚きとユーモアをたっぷり加えてあります。女性の皆さんには、自分の快楽を心から楽しんでいただけたら嬉しいです。男性の皆さんには、女性に対して“もっと優しくしなきゃ”“尽くさなきゃ”と思ってもらえたらなと思います」

取材・文/古林由香

<作品情報>
『お嬢さん』
3月3日(金)より、TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー
R18+(18歳未満入場不可)指定
監督:パク・チャヌク(カンヌ国際映画祭審査員特別グランプリ受賞『オールド・ボーイ』)
出演:キム・ミニ、キム・テリ、ハ・ジョンウ、チョ・ジヌン
配給:ファントム・フィルム
日本公式サイト:http://ojosan.jp/