今年で没後150年になる幕末の志士、坂本龍馬が暗殺される5日前に書いた書状が新たに見つかり話題を集めている。龍馬の手紙研究を続けてきた『高知県立坂本龍馬記念館』の主任学芸員・三浦夏樹さん(44)は興奮ぎみにこう話す。

「驚いたのは文字の美しさ。これまで龍馬の文字は、素人から見ると “案外下手” という感想が主流でした。ところがプロの書家の方が見ると “味のあるよい文字” と。今回の書状で基本的には字がうまいと証明されました」

 これまでも龍馬の手紙は、全国で140通余り確認されているが、特に姉や姪にあてたものに人柄がよく表れているという。

「身内への手紙には、冗談も多く、内容も豊富で他人には話せないことまで書かれています。一方、木戸孝允や今回、新発見された手紙に冗談は一切なくきまじめ。両方合わせて龍馬その人なんですね」(三浦さん、以下同)

ユーモアにあふれ、戦略家の顔ものぞかせる

※『龍馬書簡集』より
<現代語訳[1]>
文久三年三月二十日

 そもそも人間の一生など、わからないのは当然のことで、運の悪い人は風呂から出ようとして、きんたまを風呂桶の縁で詰め割って死ぬこともある。
 それと比べると私などは運が強く、いくら死ぬような場所へ行っても死なず、自分で死のうと思っても、また生きなければならなくなり、今では、日本第一の人物勝麟太郎殿という方の弟子になり、毎日毎日、前々から心に描いていたこと(海軍のこと)ができるようになり、精出して頑張っています。
 ですから、四十歳になるころまでは、うちには帰らずに働こうと思っています。
 兄さんにも相談したところ、最近は大変ご機嫌がよくそのことについてもお許しが出ました。
 国のため、天下のために力を尽くしています。
 どうぞお喜びください。さようなら。
   三月二十日
               龍馬
乙女様
 おつきあいのある人のなかでも、ごく心安い人ならば、そっと見せてもいいです。さようなら。

※『龍馬書簡集』より

 

※『龍馬書簡集』より
<現代語訳[2]>
元治元年六月二十八日

 あの小野小町が詠んだ(日照りの時に雨降りを予告した)名歌にしても実際、日照りが続く時は、絶対に雨は降らないものです。
 あれは北の山が曇ってきたところをそっと観察して(天気を)知ったうえで詠んだのです。
 新田忠常(新田義貞と仁田四郎忠常の混同で、正解は新田義貞)が(稲村ヶ崎で)太刀を海に捧げて潮を引かせたのも、干潮の時間を知っていたからなのです。
 大きい仕事をする者は、時期を見てやることだ。
 ねぶと(腫れ物)も十分はれるまで待たないと、膿を出そうと思って刺した針に膿はついてきませんよ。
 おやべさん(姪の春猪のこと)にはもう子どもができた、という人がいます。
 どうなのか、私が言っている、と伝えてやってください。さようなら。
   六月二十八日
               龍馬
おとめさまへ
 この手紙、ほかの人には決して見せないでくださいよ、さようなら。

※『龍馬書簡集』より

 

 龍馬が脱藩後、初めて書いたとされる姉・乙女にあてた手紙(※現代語訳[1]参照)は、冗談めかした話から始まる。

「脱藩して1年、勝海舟の弟子になり、ようやく手紙を出せる状態になった龍馬の喜びが伝わる内容ですね。手紙を人に見せてもいい、という追伸にも龍馬のお茶目な人柄が出ています」

 実際、龍馬の手紙には、「他人に見せてもいい」「決して見せるな」という追伸がよく見られる。最後にクスッと笑わせる “オチ” のようだ。

 乙女への手紙には、ほかにも勝海舟の門下生として責任ある立場になったことを自慢し、「エヘン」という言葉も登場する有名な『エヘンの手紙』、冗談まじりの文面に「天下は動く」という自覚をにじませる通称『日本の洗濯』など読みごたえのある手紙が多い。

 さらに、愚痴っぽい話をする際の工夫も忘れない。大政奉還に動き出すころ書かれた手紙には、こうある。

《先日大阪の土佐藩邸でそこの小役人と会ったら小頭役という者の顔つきが京都の関白さんにでもなったような表情で、気の毒でもありおかしくもあり……》

「斜めから物事を見る龍馬らしい表現ですね。批判的な見方をしながらも、読む人が不快にならない配慮も忘れていない」

 小難しい哲学をうまく伝えた手紙(※現代語訳[2]参照)もある。

「これは自分の哲学を姉にやさしく説明したもの。龍馬は古典を学んでいたのでよくたとえ話に引用しています。難しい話を楽しく読ませ、わかりやすく伝える配慮といえます」

 豪放磊落(ごうほうらいらく)なイメージの龍馬だが、実は非常に細かい性格、と三浦さん。

「戦略家の龍馬にしてみれば、手紙もいろんな手を打つための道具なんです。新発見の手紙にしても、達筆に書けばどういう効果があるのか考え抜いたうえで、したためたに違いない」

 筆跡すらTPOで使い分け、ただ用件を伝えるだけではなく、読む者への配慮を忘れない龍馬の手紙はまさに “手本” といえそう!