マーケティングを得意とする電通(東京・汐留にある本社ビル)

 いきなりですが、質問。いろいろなスポーツで企業がスポンサーになっているが、そのメリットは何だと思いますか?

 多くの人は「企業イメージを上げるために決まっているじゃないか」と答えることだろう。確かにそれは正解なのだが、ではスポンサーになることと企業イメージとの間にはどのような関係があるのだろうか。実はそれが今回の主題である。

 人は接触を繰り返すことによって相手に「良いイメージ」を自然と持つようになる、という有名な心理学のルールがある。しかも目標を共有する仲間意識を伴うとき、特に強まることが知られている。

 スポーツは勝利へ向かい一丸となれるので、ファンとスポンサー企業との強い仲間意識が生まれる。だから、スポンサー企業のイメージを高めるための強力な企業ブランディング装置として機能するのだ。

 例えば日本のプロ野球チームの大半は単独では赤字だが、親会社の施設利用率や商品購入率を調べると一般人よりもファンの方が顕著に高い。そのため、グループ全体ではチームの赤字を補って余りある収益をもたらす。実際に私はこの調査分析で二球団の身売り話を止めましたよ、はい(笑)。

 当たり前だが、スポンサーの価値はファンや関心者の数に比例する。だから企業は、大規模なスポーツイベントや人気チームのスポンサーに競ってなりたがる。その最たるものがオリンピックやW杯というわけだ。

電通・博報堂がLGBT層への調査研究に必死な理由

 そして、ここからが今回のメインデュッシュだが、同じ目標を共有するという意味では社会問題も全く同じである。しかも、関心者の数ではスポーツを遥かに上回る。そりゃそうだろう、私を含めて野球やサッカーに無関心な人も多いが、地球温暖化などの大きな社会問題に対して無関心でいられる現代人はほとんどいないのだから。

 しかし、ここには大きな落とし穴もある。人は解決できない問題を見て見ぬふりをすることも心理学のルールとして知られている。解決したいのに実現できないことで生じる葛藤や不快感から逃げるためだ。従って、解決の糸口がようやく見え始めた社会問題に対して企業が積極的に支援するCSR活動こそが、最強の企業ブランディング装置なのである。問題の深刻さや関係者の多さから言っても、その威力はスポーツスポンサーの比ではない。

「あの企業は私と志が同じだ、一緒に社会を変えていきたい」

「同じようなものを買うなら、あの企業の商品を絶対に買いたい」

 そのような経営姿勢に共感する消費者をロイヤルカスタマーとして取り込んでLTV(顧客生涯価値)の極大化を実現する力が、CSRにはある。

 つまり、CSRは単なる慈善事業では決してなく、非常に優れたマーケティング施策であり、どの社会問題を支援するかの決定には解決可能性や関心規模、先取性などを勘案したドライな戦略性が求められる。

 さて昨今は、同性婚を認める国や公共団体が増えてきたり、同性愛カップルを夫婦と同じように扱う各種保険が発売されたり、トランスジェンダーが心の性に従って公共トイレを使用できるように配慮し始めたりなど、LGBT層や性的マイノリティの人権問題は確実に改善される方向にある。関連の社会問題は、今まさにその解決糸口が見えてきた段階だと言えよう。

 そして、それと同期するようにLGBT層や性的マイノリティを支援する企業も最近増えているが、それを単なる善意の発露と捉えるだけでは本質は見えてこない。前記のように解決可能性・関心規模・先取性などの好条件が揃ったCSR活動として、企業ブランディングへの有用性を高く評価しているからだと思われる。

 機を見るに敏な電通・博報堂が性的マイノリティに関する調査研究やコンサル業務に力を入れ始めていることが何よりの証左だろう。

 ただし蛇足かもしれないが、この一連の動きはなんら責められることではない。CSR活動は金食い虫のように見えるが、企業全体の利益創出にきちんと貢献してはじめて持続可能となる。つまり、「損して得とれ」の実践だ。

 ちなみに、「損して得とれ」のオリジナルは「損して徳とれ」だと言われている。「徳」が「得」に通じるとはなんと良い話だろうか。決して、打算や欺瞞などと侮蔑すべきではないと私は思う。

四元さんも執筆している『ダイバーシティとマーケティング-LGBTの事例から理解する新しい企業戦略』(著者/四元正弘・千羽ひとみ)。画像をクリックするとamazonの購入ページにジャンプします

 前回コラムでは、LGBT層や性的マイノリティは決して特殊な消費者でない。従って有望消費者として彼らに焦点を当てるマーケティングは不毛であり、むしろ嫌われて市場を失うリスクがあることを指摘した。

 では、LGBT層や性的マイノリティとマーケティングは無縁なのだろうか?

 いや、決してそうではない。彼らを消費ターゲットと捉えるのではなく、企業ブランディングに役立つ社会運動の主役と捉えて、その中に企業も果敢に飛び込んでいくことこそが、マーケティング的な正解なのである。

 ただし、このような社会運動的なマーケティングは、企業が日常的に行っているマーケティング活動とは考え方もやり方も大きく異なっている。

 例えば、雇用や就労条件に関してLGBT層や性的マイノリティを差別しないことも、その一つだ。「そんなの当り前ではないか」といぶかる人もいるかもしれないが、実際には企業内にはまだまだ差別は残っている。

 しかも伝統的に日本企業は制服や社歌、会社行事などを通じて社員の均質化を指向しがちだが、だからこそLGBT層や性的マイノリティに対する心理的抵抗も生まれやすいと考えられる。

 しかし、これからはそのような企業が生き残ることはまず無理だろう。イノベーションの原動力として、人材の多様性が今ほど重視されている時代はいまだかつてないのだから。

 そこで次回は、社内にイノベーションを起こす人材としてのLGBT層や性的マイノリティの可能性に言及してみたい。


<著者プロフィール>四元正弘(よつもと・まさひろ)◎四元マーケティングデザイン研究室代表 (元・電通総研・研究主席)。東京大学工学部を卒業してサントリーでプラント設計に従事したのちに、87年に電通総研に転職。その後、電通に転籍。メディアビジネスの調査研究やコンサルティング、消費者心理分析に従事する傍らで筑波大学大学院客員准教授も兼任。2013年に電通を退職し、四元マーケティングデザイン研究室を設立。21あおもり産業総合支援センターコーディネーターも兼職する。