【タイムリー連載・フィフィ姐さんの言いたい放題】奨学金制度を巡り、ここにきて政府はひとつの前向きな展望を示した。2日に決定した“ニッポン一億総活躍プラン”にて、返済不要の“給付型奨学金”を創設に向けて検討するとの見通しを示したのだ。しかし、問題はそう単純ではないとフィフィは言う。奨学金問題を本当に解決したいのならば、まず視野に入れるべきは留学生の存在なのではないかと疑問を投げかける。

給付型奨学金が整備されていないのは日本とアイスランドのみ

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 まず、現在の奨学金を巡る状況の確認ですが、日本で唯一、奨学金事業(公共)を行っている日本学生支援機構において、奨学金は“貸与型”しかありません。ちなみに、経済協力開発機構(OECD)加盟34か国のうち、日本とアイスランドのみ、返済が不要な給付型奨学金が整備されていないというのが現状です。そして借入額の平均は、312万9000円。

 奨学金を3か月以上延滞している者の比率については、返済を要する者362万4706人のうちの2〜3%の17万3190人と、年々減少傾向にはあるとはいいますが、この数字をみなさんはどのように受け取られるでしょうか。いくら返還期限猶予、減額返還、返還免除といったセーフティネットがあるにせよ、私には、この数字が決して“少ない”とは思えません。

 以前、三重県のとある高校に講演会に行ったことがあるんです。そのとき、先生方から衝撃的なお話を伺いました。この高校では途中でグレてドロップアウトしてしまう学生が多いということを。家が貧乏なために学費が払えず、しかし学費が払えないと言うと格好が悪いので、進学を諦め、わざとグレて自主退学を選ぶのだと。

 この話を聞いた私は、胸が痛むと同時に、お金はないけれど本当に勉強する意欲のある学生の夢や希望を、この国の制度は助けてあげられていないのだなと実感しました。

 では、国は誰を助けているのか。そのひとつが留学生です。たとえば2015年度ならば、全体の留学生20万8379人のうち約4.4%、数にすれば9223人が国費留学生となっています。外国人留学生を受け入れることが問題なのだと言っているわけではありません。しかし、なかには国からの補助金目当てに、大学側が自らアジアに出向いて営業し、留学を勧誘する姿勢、いわば学問が商売になってしまっている姿勢には疑問を感じざるを得ません。

日本の大学が多すぎる!?

 日本には誰でも入学できるような大学が多くあります。留学生を呼び込み、国から補助金をもらうことができなければ経営が立ち行かなくなるような大学は、この際、淘汰されても構わないのではないでしょうか。

 むしろ大学の質を上げ、進学して勉学に勤しみたいという自国の若者を、国は助けるべきです。実際、先ほどの高校のように、学費が高くて払えないがために、夢や希望を諦めてしまう若者がこの国にはたくさんいます。まず救うべきは、彼ら・彼女たちなのではないでしょうか。

 また、いまだ日本の企業に新卒神話が根付いているのも、奨学金問題の一因です。社会人コースなどで、働きながらでもゆっくりと勉強して大学を卒業することに企業がもっと寛容であれば、親のお金に頼ることなく、あるいは奨学金に頼ることなく、自分で学費を払いながら勉強することもできるはずです。

 今回、政府が突然発表した“給付型奨学金”の検討。選挙権年齢が「18歳以上」に引き下げられる次の選挙も見据えての単なるアピールだと受け取られてしまわないためにも、ただ単純に給付すれば解決する話だと考えず、奨学金の背景にあるこれらの問題の解決にも目を向けなければならないのではないでしょうか。

《構成・文/岸沙織》