世も末だ。

 目の前の乱痴気騒ぎを見て、ショウヘイは思った。

 数時間前に出会ったばかりの男女が、カラオケの一室で肩を組んでデュエットをしている。テーブルの下で手を繋いだり、膝枕をしている者もいる。これが”合コン”というものなのか。

 お前たちが今していることは、生涯の伴侶とする行動だろう? そもそも若い女性が、初対面の男性の前で酔った姿をさらすなど……。

「そろそろゲームでもしますかー!」

 ショウヘイの”脳内説教”は幹事である男の声に遮られた。

 そもそもの元凶はこの男だ。

 職場の上司に「仕事のことで話がある。」と言われたら断れるはずがない。

 そこに見知らぬ男女が加わり、いつの間にか4対4の合コンが始まってしまった。

「お前もちょっとは女を知って、大人にならないとな」

 話が違うと詰め寄るショウヘイにそう言い放つ、40歳にして遊び人の上司を心底恨んだ。

 唯一の救いは、自分と同じようにこの空気に溶け込めていない女性がいることだ。名前はたしかユイと言っていた。ユイは、他の女性陣とは明らかに違っていた。

 露出度の高い服装でいかにも尻の軽そうな他の3人に対し、ユイは黒髪に長めのスカート。1人だけ21時の一次会終了の時点で帰ろうとしていたところも好感が持てた。

「ユイちゃんがいないと寂しいから、1時間だけ付き合ってよ。タクシー代、出すからさ」

 人数を合わせるための上司の百戦錬磨のテクニックが、ユイがまだここにいる理由だ。

「ほれ、引けよ。童貞クン」

 上司に渡されたクジの先端には、5という数字が書かれていた。

 先ほどゲームがどうのという話が出ていたが、これはまさか・・。

「王様、だ~れだ!」

 悪い予感は的中した。王様ゲームというやつだ。

20150911 sakai (3)

「じゃあ、3番と4番がキス!」

 王様が言うと、上司と尻の軽そうな女性が立ち上がった。

「え~? いきなり~?」

 そう言いながらも明らかに嬉しそうな尻軽女を見てショウヘイは辟易した。

 余裕たっぷりのたち振る舞いに、漂う色気。上司が女性からすると魅力的なのは理解できる。しかし、人前でキスをするなんて……。

「王様の言うことは、ぜったーい!」

 ”脳内説教”は掛け声でかき消された。

 同時にふたりがキスをする。しかも洋画で見るような外国人のキスだ。

 なんなのだ! この最低のゲームは。

 ユイに目をやると、ユイの顔が強張っているように見える。

 そこでショウヘイは恐ろしい事実に気づいた。

 番号によっては、ユイも今のようなことをさせられてしまう。もしそうなったらユイは断ることができないだろう。あの遊び人の上司がユイに外国人のキスをする姿を想像し、ショウヘイは胃が痛くなった。それだけは絶対に阻止しなければ。

 ユイは、俺が守る。

 次のゲームが始まると、ショウヘイはいの一番にクジに手を伸ばした。

「お、ノって来たね童貞クン」

 上司の言葉を無視し、クジを確認する。思ったとおり王様だ。

 とっさに王様のクジの特徴を覚えた甲斐があった。

 見事、王様に就任したショウヘイは力強く言い放つ。

「これから1時間、この部屋で男女が触れ合ってはいけない」

 1時間後にはもう終電の時間だ。この会もお開きになる。

 嵐のように巻き起こるブーイングを、ショウヘイはひと言でねじ伏せた。

「王様の言うことは、絶対」

 “興醒め”とはまさにこの事だろう。それからの1時間は、あの乱痴気騒ぎが嘘のように静かだった。

 なんなら、部屋から出て帰ってこない者も何名も。

「おう、ちょっとトイレ行こうぜ」

 上司がショウヘイを外に連れ出す。おそらく説教だ。

 しかしショウヘイは満足していた。ユイを守る事が出来たのだ。何を言われても構わない。

「ほれ、見てみろよ」

 上司の第一声とともに、目線の先にある光景は更に予想外のものだった。

 男女がキスをしている。一人はさっきまで部屋にいた男。相手は、ユイだ。しかも、洋画で見るような外国人のキスだ。

 ショウヘイたちの目線に気づくと、ユイはこう言った。

「部屋の外なら、いいんですよね?」

 結局、ユイはその男とホテル街に消えていった。

 * * * * * *

20150911 sakai (2)

 上司が誘ってくれた2人きりの三次会で、ショウヘイはくだをまいた。

「ユイさんだけは違うと思ってたのに……。他の子も簡単にキスをしたり、ホテルに行ったり。最低ですね」

「それは違うな」

 吸っていたタバコを灰皿に押し付け、上司は続ける。

「ああじゃない子ももちろんいるさ。でももっと違うのは、それを “最低”と断じてしまうところだよ」

「……どういうことですか?」

「あの子達にとっては、ああやってキスしたり、ホテルに行ったりするのもひとつの恋愛のあり方なんだよ。遊びで終わるかもしれないし、恋に発展するかもしれない。あの中から結婚するカップルが出たら、それは立派な運命の恋だ。お前は最低って言うけど、あれは……、そうだな。恋のカケラみたいなものなんだよ」

「恋のカケラ……ですか」

「ま、単純に遊びの子もいるだろうけどな」

 新しいタバコに火をつけながら、煙に巻くような話を続ける上司。ショウヘイは困惑した。

「なんですかそれ。じゃあもし、こっちは本気だと思っていたのに相手は遊びだったら? 騙されて、傷つくのは嫌です」

「それでもいいんだよ。男ってのは、女に騙されるために生きてるんだぜ? 騙されてもいいから、恋愛してみろよ。恋のカケラはどこにでもあるんだから、さ」

 キマった、と言わんばかりに煙を吐き出す。反論しようとするも、上司はすかさずこう言い放った。

「上司の言うことは、絶対だ」

 ショウヘイは、気持ちが軽くなるのを感じた。上司の命令なら仕方ない、そう思えば動き出せる気がした。

 王様ゲーム、なるほど、よくできたゲームだ。


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