認知症で年間1万783人が行方不明になっていることが警視庁のまとめでわかった(平成26年の提供資料より)。そのほとんどが1週間で発見されたものの、429人が死亡した状態で見つかったという。そんななか、なるべく早く、多くの目で認知症の人を見守り、いざというとき一斉捜索を実現するのが『徘徊・見守りSOSネットワーク』(以下、SOSネット)だ。

 このSOSネットは家族の届け出を受けた警察が自治体や地域の関係機関、住民らと行方不明者の情報を共有し、早期発見・保護を目指すしくみで、市区町村が主体となっており、地域ごとに構成メンバーや連携方法は異なるという。

 昨年4月、厚生労働省が全国1741市区町村を対象に行った調査によれば、SOSネットがあるのは616市区町村(35・4%)にとどまる。平成22年度から国も推奨を始め、すべての市区町村に体制を整えるよう促しているが、立ち上げに苦戦する地域もあり、地域で大きな差が生じている。

SOSネットと事前登録の可能性

 約10年前より、“安心して徘徊できる町”というスローガンを掲げ、先進的なモデルをつくりあげたのが福岡県大牟田市。全国の自治体が注目する『大牟田モデル』の特徴は、各方面に及ぶ網目の細かいネットワークだ。

「警察に行方不明届が出ると地元の郵便局・駅・タクシー協会・ガス会社など協力団体に連絡がいき、さらに郵便局員・タクシー運転手らに情報を流す。また、民生委員を経由して公民館・学校・PTA・商店なども情報を共有する」(大牟田市・長寿社会推進課)

 さらに、隣接する市と合同で地域住民にも行方不明者の情報を流す。活用しているのは災害情報のメール配信サービス。

「登録者は市内約5000人。情報配信から保護までの時間は平均1時間くらいです」(同課、以下同)

 抜群の連携プレーには秘密がある。毎年必ず地域住民らと行う『模擬訓練』だ。

「今年で訓練は12回目。参加者は年々増え、3000人以上になりました。市内21校区それぞれで認知症の高齢者役を歩かせる。地域住民の“声かけ訓練”も兼ねているため、複数の高齢者役を用意する地区もあります」

 お年寄りに扮した女性に、「どちらに行かれますか?」と市民がやさしく声をかける。訓練には今年も全国から約180人が視察に訪れた。

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平成25年度大牟田市『模擬訓練』の様子(大牟田市提供)

「地域で普段から見守りや声かけをしていれば、SOSネットを利用する前に保護できることもある。だから、捜索活動と声かけの2本柱で訓練を行うんです」

 市民の認知症への理解が強力な基盤になっている。

 SOSネットワークを構築して約4年。“日常的な見守り”の強化で、成果を出したのは兵庫県加東市。

「認知症患者が地域にいることを住民が知らなければ、外ですれ違ったとしても徘徊とは気づかず、放っておきますよね。それを防ぐため、ご近所の方を中心に見守りを頼むようになりました」(加東市・包括センター)

 活用したのは『事前登録』制度だ。

「平成23年に行方不明になった13人の方全員に『事前登録』をお願いすると、翌年は行方不明者ゼロ。予防意識が高まりました。事前登録者は現在54人で、施設にいる人も、在宅の人も登録対象。登録する情報は写真、顔や歩き方の特徴、よく出かける場所や移動手段、外出の時間帯など。登録者の知人や近所の人、利用する介護サービスのスタッフを中心に日常的な見守りを行います」(同課)

 例えば、ある認知症高齢者のBさんはいつもパン屋に行くため外出するが、途中で目的を忘れてパニックになる。そのときBさんが利用するバス停に『見守り隊』が待機し、話しかければ行方不明を防げるのだ。

 事前登録制は、捜索時間の短縮にもつながった。

「去年の効果測定では、事前登録者が行方不明になったときの発見までにかかる時間は平均166分。一方、未登録者は341分。約180分の差になります。まだ市内に対象になりそうな方はいるのですが、個人情報にあたるので家族の同意がないと登録できない。むやみな推奨はできませんが、測定結果を伝えながら登録を促したい」(同課)

立ちはだかる”個人情報保護”の壁

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 どの自治体も悩むのが“個人情報保護”の壁。SOSネットを日本で初めて構築した北海道釧路市は、3年前、“命”を優先した大胆な施策に踏み切った。以前までは、警察から自治体に迷い人届け出の情報を流す場合、利用者の同意が必要だったが、

「北海道の『個人情報保護条例』にあてはめ、警察に行方不明の届け出があった65歳以上の高齢者すべてを対象に、家族の同意がなくても必ず各市町村までは情報を流せるように改善した。死亡者を減らすための判断でした」(釧路市・保健所)

 毎年50~60件、保護の案件があっても、次の支援にはほとんどつながらなかったが、状況は一変。

「1度、SOSネットを利用すると手配書が流れ、情報が生かされる。後日、市町村の職員が介護保険の案内をするほか『事前登録』の利用を促すことで徘徊のリスクを下げる取り組みも可能になった」(釧路市・同所)

 今のところ方針の転換に対する市民の反発はなく、「家族が混乱している中で、情報共有の判断をゆだねることに問題があったのかもしれない」と担当者は話す。