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赤肉フィレ肉とポタージュスープのコースを頼んだ片岡幸子さん。撮影/福森クニヒロ

 大阪市にある『淀川キリスト教病院 ホスピス・こどもホスピス病院』は、日本では珍しい完全独立型のホスピスだ。

 成人15床、子ども12床がすべて個室で、ゆったりとした院内では、末期がんの患者に緩和ケアを行うとともに、毎週土曜の夕食は患者の希望に沿った“リクエスト食”を作っている。

 その取り組みについて、ライターの青山ゆみこさんは、14人の患者と、それを支える病院スタッフの声を中心に『人生最後のご馳走』という1冊にまとめた。

「取材で通うようになり、ホスピスは死を待つところではなく、最期までその人らしく、よく生きるための場所だと知りました。ホスピスで行われるケアは、“わたしはあなたを大切に思っている”というメッセージを患者さんに伝える表現方法で、リクエスト食は、食を通したそのひとつの形なのです」(青山さん)

 リクエスト食は金曜の午後、管理栄養士が病室を回って患者ひとりひとりに「何が食べたいですか?」と聞き取りをするところから始まる。

 聞き取りは単に「天ぷら」「お好み焼き」といった希望のメニューを知るだけではない。

 ゆっくりと質問を重ね、その料理にまつわるエピソードや思い出に耳を傾けながら、味つけや食材など細かな情報も得ていく。

「そうして患者それぞれの“人生の一食”を再現していきます」

 リクエストは豪勢な食事というより、日常の一品や思い出深いメニューなどが中心。青山さんは聞き取りに同席し、さらに取材を重ねたという。

「何の気なしにリクエストしたメニューでも、実はその家族だけの味だったり、幼少期の思い出に結びついていたり、これは食を楽しむのと同時に人生を振り返ることもできる食のケアなのだと気づきました。

 例えば、食べ歩きが好きだという竹内三郎さんは、貧しかった幼少期、3日に1度しかお弁当を持って行けず、おかずは焼いて裂いたスルメイカだけだったと苦労話までが懐かしく楽しい思い出のようでした。 食の記憶には幸せな気持ちがついてくる。それを語ることは自浄作用のようなものがあるのかもしれません」

 また、リクエスト食が土曜の夜に出されるのは、家族が見舞いに訪れやすいからだという。

 頼んだメニューから話が広がり、親子の間で、あらたまって語られることのなかった会話を生んだり昔話に花が咲く。親密で温かな時間をともに過ごすうち、大切な思い出が家族の間で引き継がれていく。

 本書に登場する方々は余命わずかと思えないほど、明るく穏やかな様子が感じられる。

 青山さんによれば、入院当初は抗がん治療の副作用などで心身ともに大きな苦痛を抱えているが、ホスピスでこまやかな緩和ケアを受けることで「元気になった」と感じる人が多いそうだ。

 苦痛が和らぐと同時に食欲もアップ。しかも、このホスピスでは、料理は家庭で使われているような陶器のお皿にきれいに盛りつけられ、日本料理出身の調理師が心を込めた味つけで、なにより押しつけではない自分の食べたいご飯が食べられる。

 食べることが幸せと感じられる人が多いのは、スタッフによるケアの賜物と、食べる喜びが秘める力のなせるワザだろう。

「人を元気にするのは栄養だけではない。家族や親しい友人と囲む食卓や誰かの思いの込められた料理には、人を幸せにする力があります。

 家庭での食事にも、同じような可能性があるはず。贅沢な食事でなくてもいい。家族が共有してきた味が、忘れていた思い出をよみがえらせることもあるでしょう」

 食の豊かさや大切さをはじめ、たくさんのことを教えてくれる本書は、自分にとっての最後の食を考える大きなヒントとなるはずだ。

撮影/福森クニヒロ