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 1日約4万人にのぼる食のプロたちが厳しい目を光らせ、食材の売り買いを行う築地市場。ここは古きよき時代の伝統を引き継ぎながら、約80年間、日本の食文化の一大拠点であり続けた。しかし、今年11月の豊洲移転に伴い、間もなく閉鎖されることになる。

 しらす専門仲卸『島美商店』の三代目・川上雅由さんは「日本一しらすを売る男」として名前の知れた人物だが、お酒は1滴も飲めない。仕事中は築地市場内の喫茶店『センリ軒』、河岸が休みの日は、文庫本を2冊持って銀座の喫茶店でコーヒーをたしなむ粋な人。

「おっかあも、娘も年だからもう辞めなよって言う。だけど、お客さんは島美さんが豊洲に行っても、ずっと買うから続けてよ、って言う。俺は、どっちでもいい!」

 日本一しらすを売る男は言う。築地では屋号の“島美さん”の名で通っている。74歳になる大ベテランだ。

 島美さんは豊洲で開業するのを今も迷っている。廃業してもやっていけるだけの蓄えはあるが、目利きが素晴らしいため「島美さんからしらすを買いたい」というご指名が絶えないのだ。

 聞くところによると、「大卸から買うより、島美さんを通して買うほうが安い」という不思議な現象がある。島美さんはしらすをいつも大量に買ううえ、長年の商売で“この人なら大丈夫”という信頼があるので安く手に入るのだ。

「多いときはターレ2台が満タンになるぐらい買っていってくれるんだよね」と言うとおり、お隣の大田市場や地方の市場から注文が入ることもあるほど。

 島美さんともなれば豊洲でも売買参加権は必ず取れる。そして、しらすの仕入れさえ確保できれば、仕入れたその場から「これはあそこの魚屋に、これはあそこのスーパーに」などと指示を出すだけで、店を持たなくても商売が成り立つ。

 「俺はコンピューターはできない」と島美さんは言うが、商売人としての機転はコンピューター以上。

「いろんなことがありましたよ。57、58年、この仕事をやって疲れちゃったっていうのもある。それに競りに参加する人の中で最高齢になっちゃった。話をする人がいなくなって寂しい。辞めても続けても俺としてはどっちでもいいの。医者に“あなたの足はもう2、3年しかもたないよ”って言われているので、それまでは頑張るかなあ」

 島美さんはほとんど店にいない。場内の喫茶店『センリ軒』に1日に何度も通っている。島美さんからしらすを買いたい人や用のある人はセンリ軒にやって来るというスタイルだ。