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 熊本地震で前震時に発生した九州新幹線の脱線事故は、回送中のため被害者は発生しなかったものの、大地震の恐怖を感じさせるには十分な事故だった。

 全国の鉄道インフラの安全性はどうなっているのか。交通政策論が専門の関西大学・安部誠治教授に聞いた。

■もっとも危惧されるのは首都直下地震

「鉄道施設は1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟中越地震を契機に新幹線を中心に施設の耐震性の基準が強化され、現在に至っています。今回の熊本地震で新幹線の脱線事故はありましたが、施設本体には大きな影響はなく、構造物の耐震性は向上してきていると言えるでしょう」

 東日本大震災では、営業運転中の新幹線の事故はなかったが、仙台駅など5つの駅が被害を受け、電柱や架線、高架橋の橋脚など1000か所以上が損傷した。

「もっとも危惧されるのは、今後30年間に70%の確率で発生するとされている首都直下地震です。東日本大震災のように沖合で発生した地震は、第1波のP波という揺れが来て、続いてS波といわれる大きな揺れが来る。新幹線の場合、P波をキャッチすると送電を止めるシステムになっているため新幹線は減速し、脱線の発生を未然に防ぐのです。

 ところが、首都圏で直下地震が発生した場合、P波とS波はほぼ同時に来ますから、減速できない。ピーク時は3分に1本という過密ダイヤで発車する東海道新幹線では、脱線などの被害が起こる可能性があるでしょう」(安部教授)

■東海道新幹線は脱線・逸脱防止装置の設置率が低い

 政府の中央防災会議は、首都圏の鉄道構造物の被害想定は、JR・私鉄・地下鉄を合わせて約840か所にのぼるとみている。

「対応策としては脱線や逸脱防止の装置などを整備する必要があるのですが、東海道新幹線は設置率が高いとはいえません」

 安部教授は、今回の熊本地震でもっとも注視するべきは、「回送中の新幹線が時速80キロの低速で脱線したこと」だと言う。

「やはり脱線防止策は必要。北海道新幹線は90%以上の線路に脱線・逸脱防止装置がついています。北陸新幹線も65%。これまでの大地震を受けて最初から地震への対応を組み込んで作っています。ところが、山陽新幹線は10%くらい。九州新幹線も高くない。最初に組み込んでやっておけば、それほど費用はかかりませんが、あとからの増改築にはお金がかかるためです」

■鉄道会社の9割は経営難から老朽化への対応が十分ではない

 車両や構造物の老朽化についてはどうか。

「車両の老朽化が指摘されますが、それが原因でたちまち事故につながるほどではありません。懸念されるのはJR貨物。貨車が老朽化し、車両故障が多いのに経営的に脆弱なので車両更新できないでいる。事故につながる恐れもあります」

 全国約200社の鉄道会社のうち、収益があり改修に余裕が見込めるのはJRと大手上位20社ほど。そのほかの鉄道会社は、経営難から老朽化への対応が十分ではないと指摘。

「JRでも、JR四国やJR北海道は、メンテは行っていても施設の老朽化など弱点があるのが現状です。ほかのローカル鉄道全般で老朽化が進んできているので、適正な設備の更新をしておかないと、事故が発生する可能性は高い」

 合理化や効率化で人手不足の問題も指摘されている。

「東北新幹線の延伸や北陸新幹線、九州新幹線の開業によって、並行在来線は県などが出資する第三セクターに移管されました。それまでは、東北本線ならJR東日本がメンテナンスをしていたのが、県ごとの第三セクター鉄道がメンテに責任を負うようになった。

 本来ならば1つのところで管理したほうが全体を見渡せる。それを第三セクターごとに任せると精度に差が生じてしまいます。今後の大きな懸念材料です。

 また、北陸線には5キロ、10キロという長いトンネルがある。第三セクターへの移行に伴いワンマン運転が増えています。そのため、トンネル内で列車火災が起こったときなど乗客の誘導に不安が残ります」

 今後は、どのような対策が求められるのだろうか。

「施設の状況をきちんと把握することが必要です。ローカル線の施設の老朽度を、外部機関が客観的にチェックするようになれば、指針ができます。全線を一気にやるわけにもいかないので、年次計画を立ててやっていく必要がある。国交省などが委員会を作って取り組むのがいいと思います」