長期にわたる勾留生活で別人に

 美樹さんは、おととし、友人関係のトラブルから自殺未遂を起こしていた。そのため、夫婦は娘の情緒不安定な部分が“告発”につながっていると考えた。当初、児相できちんと説明すれば誤解が解けると受け止めていたが、美樹さんが保護された翌日に康介さんは逮捕されてしまった。

「昨年4月24日には検察で中学1年の次男が聴取を受けました。次男は“質問がお父さんを犯人にしようとするものばかりだった”と話した。かなりショックを受け、学校に行けなくなってしまいました。当初“大丈夫だよ”と言っていた長男も、同6月中旬から学校に通えない状態に陥ってしまって……」

 裁判は同6月に始まったが、夫の接見禁止は解けない。家族は手紙を書くことも許されなかった。

「息子たちは昨年8月に1度だけ、私は同10月の保釈直前に夫と面会できました。夫は留置場で精神的に相当参っていました。健康診断でも一切問題がなかった人なのに、血圧がすごく高くなり、同9月には“うつ病”と診断されています。同10月22日に保釈されましたが、自宅に戻っても動悸や手の震えがでたり、眠れず本当に苦しそうでした。

 娘のことも毎日“心配だ、心配だ”と。“俺に何かあっても美樹だけは頼む”と口癖のように言っていました。自宅ではボーッとして、夕暮れ時になるとイスに座ってひとりで涙を流すことも。多趣味で活動的な人だったのに……

 長期にわたる勾留生活で、すっかり別人のようになってしまった康介さん。

康介さんが死亡した拘置所。遺体と対面できたが、触れることはできなかったという
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 それでも父親が戻ってきたことから、息子たちも学校へ通えるようになり一家は少しずつ落ち着きを取り戻していた。しかし、地裁で実刑判決が下り一家を打ちのめした。即日控訴し、保釈請求もしたが、棄却された。

「最後に面会したのは、亡くなる前日の午前中でした。“また明日来るからね”と言ってお互いに手を振って別れました。それが最後です」

 今年の4月27日の午前10時28分、拘置所からの電話で、“ご主人が亡くなりました”と告げられたという。