ひとりで楽曲制作を始めたものの、バンドへの憧れは捨てきれず、バンド仲間を見つけるために高校卒業後は大阪にある美術系の専門学校へ進学する。しかし、そこで結成したバンドでもうまくいかず……。そんなときに、ヤマハが開発した音声合成技術『ボーカロイド』に出会う。

「リアルな歌声を合成するためのソフトウエアで、この技術を使用したキャラクターボーカル『初音ミク』などを使って、制作した楽曲を歌わせる動画がブームになりました」(同・音楽ライター)

自分の周りには支持者はひとりもいない

 米津も『ハチ』名義でデビュー作『お姫様は電子音で眠る』を'09年5月にニコニコ動画上で発表。その後も動画が次々とミリオン再生を達成するなど、ボーカロイド界のトップクリエイターとして、その名が知られていくことに。

「SMAPなどへの楽曲提供で知られる音楽プロデューサーのヒャダインさんもニコニコ動画の出身です。動画投稿サイトの普及で、才能さえあれば年齢や住んでいる場所など関係なくチャンスがつかめる時代になった。

 20年前なら、米津さんのような地方出身でコミュニケーションが上手でないタイプは世に出ることはなかったと思います。デジタル時代だからこそ誕生した“時代の寵児(ちょうじ)”ですね」(レコード会社関係者)

 ボーカロイド界では頂点を極めたものの、《画面の向こうには支持してくれる人はいたものの、自分の周りにはひとりもいない》と音楽誌で吐露し、身近な人たちを喜ばせられないことに疑問を感じ始めていた。

 これでは意味がないと気づいた彼は、これまで築いたものを捨て本名の“米津玄師”として活動することを決意。これが国民的歌手への序章となっていく……。(次回へ続く)