日本の高齢者の人口はすでに3500万人を超えています。親が認知症になる、介護が必要になるといった事態は多くの人にとって他人事ではなくなりました。面倒を見る家族の負担が大きいのはもちろん、一歩間違うと家族がバラバラになる引き金になりかねません。とくに相続など「お金」が絡めばなおさらです。

 私は相続のプロとして、3000件を超える相続を手がけ、それにまつわる悲劇も嫌というほど見てきました。今回は、そんな中でとくに印象的だった家族の事例を拙著『プロが教える 相続でモメないための本』の中から挙げ、どうすれば防げるのかについても解説します。

「長男が遺言を偽造した」と言い出した母親

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

「もしもし、あ、お母さん? うん、どうしたの、なに? ちょっと落ち着いてよ」――。

 日曜日の早朝、母の初江さんから突然の電話を受けた長女の和美さんは、心がざわつきました。いつも温和な母が、激高した声で電話してきたからです。

「私は太一にだまされているのかもしれない」。言っている内容も唐突すぎる。いったい何があったというのでしょうか。「お兄ちゃんに? どういうこと、何があったの?」。震える声を抑えながら和美は問い返す。

母:「遺言が出てきたのよ、タンスの引き出しから」

長女(和美さん):「遺言って……お母さんが自分で書いたんでしょ?」

母:「違うの。私が書いた遺言じゃないの。だって、全財産を太一に相続させるなんて書いてあるのよ? こんなの書いた覚えはないのに、そういう内容になってるのよ。きっと、太一が偽造したに違いないわ」

 和美さんは受話器を握りしめたまま、言葉を失いました。これは……もしかすると、母の認知症が始まってしまったのではないか? 不安がよぎりました。

 なにしろ初江さんは、以前から「長男の太一にすべての財産を相続させる」という内容の遺言を書いたと、子どもたちの前で公言していたからです。自分で書いたはずの遺言を見つけて、「太一が偽造した」などと激怒する母に和美さんは戸惑いを隠しきれませんでした。