情緒不安定で、人と関わるのが苦手。広汎性発達障害――父親を激しく攻撃したり、強迫性障害に悩んだ時期もあった。唯一、気持ちが落ち着くのは、絵を描くとき。作品が世界的に認められるようになり、精神安定剤がわりだった絵が今、「生きがい」へと変わりつつある。25歳、月収2万円。最近の心配事は父親がいなくなった後の人生だ。焦りと甘えが交錯するなか、「自立」の準備に奮闘する青年の姿を追った。

 広汎性機能障害があるというその青年は、3代続く老舗仏壇店の座敷で、絵を描きながら私たち取材陣を待っていてくれた。

 スラリとした長身を持てあますかのように背を丸め、極細のボールペンで街の様子を描いていく。そこには車や電車、ロボットもあれば、なんと北朝鮮の軍隊まで登場し、色鉛筆やマーカーで次々と彩色されていく。

 驚くべきは、その細かさだ。

 超極小の四角形や円が建物などを形づくり、紙の上を埋め尽くしていく。形と色がひしめき合い、すき間なく混ざり合いながら、小はハガキサイズから大は縦1・6メートル×横10メートルの大作にまで増殖し、成長していくそのさまは、さながら紙の上で繰り広げられる形と色の混沌とした、“見る交響曲”のようでもある。

 青年の名は古久保憲満さん(25)。正規の美術教育を受けていない人たちが独自の発想で作り出す芸術は『アール・ブリュット(生の芸術)』と呼ばれ美術界で大きな注目を集めている。この分野で今、もっとも注目されているひとりが、この憲満さんなのだ。

裏の事実も正直に言いたい

 アートの常識や決まりごとから解き放たれ、身体の中からわき上がるままを描いていくその姿と作品は、『描きたい、が止まらない』として映画化、好評を博している。

 同作を撮影した近藤剛監督(46)が言う。

発達障害があると聞いていたので、きっとデリケートな人だろうと。“どうやって距離を詰めていけばいいだろうか?”と考えていたんですが、そんなことはまったく気にせずに、初日からドンドン撮らせてもらえました。

 それはなぜかと考えると、(憲満さんは)今でも電車に乗ると人と目が合わせられなかったり、人目が気になって俯いてしまう一方で、絵を通じてならばいろいろな人とつながれるし、穏やかに話ができるからじゃないか、と

 作品を見てほしい、知ってほしいというアーティストならではの欲求がある一方で、同時に世間から自分がどう見られるか、という不安も生じる。その双方を抱えつつ、憲満さんが言う。

同じ障がいのある人に自分のことを知ってもらえれば、心の支えになれると思う。だから、もっといろいろなところに出て自分のことを知ってほしいけれど、表向きの顔だけじゃなく、裏の事実も正直に言いたい。

“(商業主義に毒されず純粋に)絵を描いている”って言われるけど、見栄え(のいいこと)ばかりじゃなくて、実際はゲームばっかりしているとか(笑)、絵を売って何十万円もするようなパソコン買って本格的なゲームを楽しみたい思いもあるとか、そんなところも知ってもらいたい。まあ、そんなん買ったら生活ができなくなるけど─」