今年いっぱいでグループでの活動を休止する嵐。今では国民的アイドルとして輝かしい功績を残しているが、ブレイクするまでには多くの苦難を経験してきた。活動休止まで残り9か月となったいま、メンバーが見た光と闇を振り返る──。

嵐、不遇の要因のひとつは……

 '99年にデビューしてレギュラー番組を持ち、少しずつ知名度をあげていっただが、'02年から数年間は“冬の時代”に直面した。

「'02年の12月末にテレビ朝日系の『ミュージックステーションスーパーライブ』に出演した際、嵐の出番はオープニングで、時間は2分もなかったんです。歌番組の視聴率は後半になるにつれて上がっていくので、トップバッターはあまりいいポジションとは言えないんですよ」(レコード会社関係者)

 この時期は、CDの売り上げも伸び悩んでいた。

「'03年の『とまどいながら』や『ハダシの未来』はオリコンランキングで1位をとれず、'04年の『PIKA★★NCHI DOUBLE』は14万枚と嵐で最も売れなかったシングルに。状況を打開するため、'03年には、さいたまスーパーアリーナで販売促進のために握手会を開催しました。デビュー直後のグループがやることはあっても、デビューして4年もたってからやるのは異例でしたよ」(同・レコード会社関係者)

 逆風が吹き始めていた5人に追い打ちをかけるように、強力な“ライバル”も現れた。嵐の7年後にデビューしたKAT-TUNだ。当時は、現メンバーの亀梨和也中丸雄一上田竜也に加えて、元メンバーの赤西仁田中聖田口淳之介もいる6人で、とにかく勢いがあった。

和やかな雰囲気の嵐とは対照的に、ブラック&ワイルドをコンセプトにした“ギラギラした不良”を全面に出していてインパクトがありました。デビュー前にもかかわらず、'05年に亀梨さんと赤西さんが出演した日テレ系のドラマ『ごくせん 第2シリーズ』は全話の視聴率が25%を超えました。'06年のデビューシングル『Real Face』は104万枚を売り上げミリオンを達成。一躍、大ブレイクを果たしましたね」(テレビ局関係者)

 後輩の圧倒的な勢いに押され、先にデビューした嵐のほうが“ギリギリ”になっていた。そんな状況に、焦りを見せるメンバーもいて……。

松本潤さんは、赤西さんをかなり敵視していました。プロ意識の高い彼は当時、少々いい加減な雰囲気を漂わせていた赤西さんをよく思わなかったのでしょう。ある番組で共演した際、本番前にエレベーターで2人が一緒になったときに、挨拶をした赤西さんを松本さんはにらみつけたそうですからね」(同・テレビ局関係者)

 嵐のブレイクを遅らせたのは、5人の“ある弱点”も原因だった。

音楽業界では、デビュー間もないころの嵐は“やる気がない”と言われていました。ジャニーズJr.からすぐにデビューしたので、下積み時代が短かったんです。あまり苦労していなかったので、“絶対に売れてやる!”というハングリー精神に欠けていたんですよ」(芸能プロ関係者)