ファッション誌、バラエティー番組のタレント衣装、アイドルの衣装、そしてテレビドラマで女優たちの『役』を表現するスタイリストへ――。ジャンルを超えて、「洋服」の表現と可能性を追求してきた。「夢を見せる仕事」と楽しそうに笑う彼女のスタイリングは、人をワクワクさせる遊び心にあふれていた。

『セカンドバージン』
鈴木京香の衣装が話題に

 ドラマを見ていて、主人公のファッションに目を奪われたことはないだろうか。

 仕事のできる女性管理職のスーツ姿。ファッション雑誌の編集者役の颯爽としたコーディネート。ドラマの衣装は、その登場人物の生い立ちや性格、ときに経済状況や交友関係までをも表現する。演技や演出以上に登場人物を雄弁に物語ることさえある。

 昨今、ドラマの主人公や登場人物が身につけたファッションが、特に女性視聴者の注目を集めるようになった。

 例えば、2010年にNHKで放映された『セカンドバージン』。鈴木京香演じる出版社専務の「中村るい」のファッションが話題になった。

 「私もるいみたいになりたい」「ブランド名が知りたい」「同じバッグやアクセサリーが欲しい」といった声が、番組の掲示板やTwitterに次々と寄せられたのだ。

 このるいの衣装や小物などのファッションのすべてを担当したのが、ドラマスタイリストの第一人者とされる西ゆり子さん(70)だった。

「るいのファッションが評価されたのは、3つの理由があると思います。まず、主演の鈴木京香さんがどんな服でもきれいに着こなしてくださったこと。2つ目は監督が私のセンスを信頼してやりたいようにやらせてくださったこと。3つ目はヒロインのスタイリングに予算をかけられたため、高価なハイブランドの服も使用できたことですね」

 ドラマでは、マックスマーラやエミリオ・プッチ、ブルガリなどもラインナップされた。スタイリングイメージはどのように作り上げていったのか。

「基本コンセプトはコンサバティブです。仕事のできるビジネスウーマンというイメージを演出するために、正統派なデザインの上質なワンピースやシャツにタイトスカートなど、コンサバな服をベースにスタイリングを考えました」

 その狙いどおり、るいの佇まいからは自信に満ちた女性の余裕が漂う。しかし西さんの演出はそれにとどまらない。

「主人公は17歳も年下の男性と恋に落ちる役柄。“女”を捨てていないんですね。そこで意識したのが『第3ボタン』。コンサバなスーツを着ていても、白いシャツの第3ボタンまで開けて、胸元を大胆に見せました。そこから、こぼれる大人の色気は、若い子には絶対まねできないですからね」

 西さんは、『ギフト』、『きらきらひかる』、『電車男』『のだめカンタービレ』、『リーガル・ハイ』、『ファーストクラス』、『時効警察』シリーズなど200本近くのドラマ作品を手がけてきた。

 '19年に放映された『家売るオンナの逆襲』の北川景子のスタイリングも好評だった。天才的な才能を持つ不動産会社のエース社員、三軒家万智が家を売って売りまくるこのドラマ。西さんは、シーズン1『家売るオンナ』に続く、シーズン2のスタイリングから担当した。基本的には1を踏襲しつつ、新たなアイデアを盛り込んだという。

「1以上に、“三軒家万智という強烈なヒロイン”を衣装で表現するにはどうしたらいいか考えました。そして浮かんできたのがビビッドカラー。普通のコーディネートではありえないような『色×色のインパクト』を思いついた。

 例えば、鮮やかなイエローのコートの中に水色のジャケット、赤いロングコートに黒×イエローのスヌードを合わせ、足元のパンプスは水色とかね。一般的なファッション誌ではNGとされるような色の組み合わせでありながら、『カッコいい!』と視聴者に思ってもらえるようなコーディネートを心がけました。衣装合わせのときに、スタッフからすごい歓声が上がりましたよ。北川さんは、役さながらに涼しい顔をしていましたけどね(笑)」

 スタイリストとは、雑誌や広告などでモデルや俳優の洋服や小物などを用意して美しく着せる職業である。もちろん、テレビの世界でもそんな役割は必要とされる。

 では、「ドラマスタイリスト」とはいったいどんな仕事なのだろうか。

「そう、あまり知られてないですよね。だって私の造語ですから(笑)。雑誌や広告と大きく違うのは、洋服を見せるのではなく、役者さんの“役が際立つ”ように服を着せるということ」

 西さんの仕事は、ドラマのプロデューサーから新ドラマの企画を相談されるところから始まる。

 放送開始の約3~6か月前、あらすじと人物相関図を記した企画書が渡され、その後、台本が送られてきたら、ひたすら読み込む。

 台本に書かれている言葉遣いや振る舞いから、その人物がそれまで育ってきた過去を想像する。そのヒロインはパンツスタイルなのか、それともスカートを好むタイプなのか、想像を広げていくのだ。

「台本を読み込んだ段階で私のイメージをきちんと固めておく必要があります。もちろん、その作品全体の空気感も台本からつかみます。いくらヒロインに似合っている衣装でも作品から浮いてしまったら意味がありませんからね」

 衣装のイメージを監督との打ち合わせですり合わせたら、衣装収集へ。西さんのいちばんの檜舞台は、撮影スタッフと役者が集まる「衣装合わせ」だという。

「撮影本番よりも緊張します。実際に役者さんに衣装を着てもらって、みんなの前でプレゼンするんです。それで〇か×か判断される。ただ、意見がくいちがうことも多いですね。だからスタイリストは潤滑油であるために、代替案を用意しておくんです」

 西さんのアシスタントを長年務めた大城敏子さん(64)は、その会話力に驚かされてきたという。

「作業に対する厳しさやプロ意識も並はずれていますが、西さんは相手の望んでいることが一瞬でわかる。話術も巧みで、ニーズに対するプレゼン力は本当に見事ですね」

 芝居をする役者に気持ちよく洋服を着てもらうことが第一。だが、時に別の役者のために用意した服を気に入るケースもある。そんなときは、「あなたの役はこういうキャラクターだから、こっちが似合うよ」と上手に説得することも仕事のひとつだ。