殺人と死体遺棄に問われているある男の裁判裁判が、先週24日から始まった。その男・千葉祐介(37)が殺害したのは、妻・恵さん(当時36)。夫婦には3歳になる長男がおり、しかも恵さんのお腹には新しい命が宿っていた。彼はなぜ、妻に手をかけてしまったのか。本人の口から語られた“悲しい”事件背景とはーー。事件後から加害者家族の支援を続け、被告本人とも面会を重ねてきた阿部恭子さん(NPO法人World Open Heart・理事長)がレポートする。

  岩手妻殺害死体遺棄事件……2019年5月、岩手県一関市で千葉祐介被告が、自宅アパートで妻・恵さんの首を絞めて殺害。クローゼットに遺体を隠し続けたが、死臭が玄関まで漂い、約1か月後に奥州市内の山林に遺棄。その間、恵さんは“行方不明”とされていた。白骨化した遺体が発見されたのは去年4月。そして同10月、夫である祐介被告が逮捕された。

「お嬢様と召使」のような関係

 「無実を信じています」

 千葉祐介被告の父親は逮捕直後、自宅に詰めかけた大勢のマスコミを前にそう話していた。家族の誰ひとり、被告を疑ってはいなかった。被告が勤めていた会社の人々も、

「まさか彼が人を殺すわけはない。自白を強要されたのでは……」

 そう話していたという。

 逮捕直後に被告の家族から連絡を受け、被告の自宅を訪問したときにはすでに本人は容疑を認めており、一家はショックを隠しきれない様子だった。

 筆者は、これまで数多くの殺人事件の家族を支援しており、その大半が平凡な家庭であったという事実を伝えてきた。その中でも、本件の被告の家族はもっとも犯罪とは縁のない家族に見える。

 被告に前科・前歴はなく、特別問題を起こしたことはない。暴力を振るったこともなく、怒りを見せることさえ稀だったという。虫も殺さないような男性がなぜ、人を殺めなければならなかったのか。家族に思い当たる節はなかった。

「妻と出会ったころに戻れたら」

 今年4月上旬、警察署の面会室に現れた被告は、やや緊張した面持ちで筆者にそう語っていた。

 周りの夫婦はなぜ仲がいいのか、不思議に感じていたという。結婚してからの妻と自分はまるで「お嬢様と召使」のような関係だと公判で供述していた。

 被告は事件の約2年前、突然倒れ、医師の診断により車の運転を止められていた時期があった。妻に運転ができなくなったことを責められ、病人に子どもは預けられないと子どもとの関わりを制限されるようになったという。

 公判で、被告が運転できなくなったことについて妻が同僚に愚痴っていたこと、「長男は私に似ているから大好き。少しでも夫に似ていたなら育てたくない」「長男のために2人目の子どもは欲しいけど身体の関係は持ちたくない」と話したと同僚が証言しており、夫婦仲が冷え切っていたことは事実のようだ。

 被告はある日、妻の日記を見てしまう。そこには、「もっと給料が高い男と結婚すればよかった」「この結婚は失敗」と書かれていたという。

 離婚は考えなかったのかーー。被告は、筆者との面会でも離婚の選択肢はなかったと否定した。理由は、被告の両親と妻の両親は非常に仲がよく、親族の関係を壊したくなかったからだという。息子と会えなくなることも耐えられなかった。自分さえ我慢すればよいと考え、妻を旅行に連れて行ったり、高価なプレゼントを贈ることによってなんとか関係修復を試みた。

 ところが、一時的に妻の機嫌を取るような場当たり的な行動は、さらに妻の怒りに火をつけた。

 「サラ金に手をつけるなんて人間のクズ!」

 被告が旅行のために借金をしていた事実が判明すると妻は激怒した。その後、妻が2人目の子を妊娠したことがわかるが、被告は「人間のクズの子どもにしてしまった」と嬉しさよりも後ろめたさを感じたという。

 情けない、不甲斐ないという気持ちは誰にも話せず、自殺を考えるようになっていた。

 そして2019年5月31日、ついに理性が崩壊する。

「あんたのせいで私の人生はめちゃくちゃになった」

「あんたのせいで恥をかかされている」
 
 と妻に責められ、今までの努力はすべて無駄、妻さえいなくなれば……と、絶望と怒りに支配され、被告は延長コードで妻を絞殺してしまう。