「介護殺人じゃない」と線を引き裁く冷酷さ

 自首しており、前科がなく、再犯のおそれもない。量刑は軽いと考えていたが、甘かった。検察は12年を求めた。弁護人は、これは介護殺人と同等の執行猶予付きの3年の刑を求めた。ところが、裁判員たちの結論は、8年の実刑というあまりに重いものだった。いわく、これは介護殺人ではない。なぜなら女性は介護しておらず、反省していないとし、女性が50年にわたり受けたモラハラやDVは考慮されなかった。男性の裁判長は「あなたは協力的でなかった」「それでも私たちは一生懸命考えました」など、優しい口調で語っていた。暴力を生き抜いた女性を刑務所に送るのは、善良を装った暴力なのかもしれない。

 事件後、拘置所に会いに来た娘に女性は「あなたに会うのがつらい」と言い、目を合わせなかった。娘が手紙を送っても返事は来なかった。母親が法廷で自らを傷つける姿を、息をのみ見つめる娘の姿があった。傍聴席に娘がいることを女性は気づいただろうか。

 女性は裁判の終盤、裁判官に「後悔しているか」と聞かれ、首を振った。「後悔していない」。それはほぼ唯一、裁判を通して女性が事件について語った言葉である。

 女性が暮らした町に行った。すでに家は更地になっていたが、かすかに海風を感じる開放的な住宅街だった。子どもの笑い声が聞こえてくる。すべての家から人の暮らしが伝わってくる。女性は誰にも助けを求めず、何も話さなかったという。話せなかったのだと思う。

 女性は控訴せず、刑は確定した。公平に裁かれたとは、やはり思えない。「それは介護殺人じゃない」と線を引き裁く冷酷さが、女性を追い詰めた暴力の正体だったのではないか。

 女性は気持ちをノートに書き綴っては、ページが埋まると捨てていた。だから残っていた日記は1冊だった。この日記はいつか持ち主のところに戻るだろうか。戻るまで、どうか8年間、生き抜いてほしい。そして、男に怯えないでいい人生を送ってほしい。

きたはら・みのり '70年神奈川県生まれ。作家。津田塾大学卒。女性のためのセクシャルグッズショップ『ラブピースクラブ』、シスターフッド出版社『アジュマブックス』の代表。主な著書に、『毒婦。木嶋佳苗100日裁判傍聴記』、『毒婦たち 東電OLと木嶋佳苗のあいだ』など