目次
Page 1
ー お惣菜は、話を聞くツール
Page 2
ー ミナミのホステスから看護師に転身
Page 3
ー うつ病を引き起こした「毒母」の暴言
Page 4
ー ばっちりメイクでホームレスに炊き出し
Page 5
ー シングルマザーの思いをのせて開店
Page 6
ー あえて子ども食堂と名乗らなかった理由
Page 7
ー 誰も排除しない、ごちゃまぜ社会のために

 大阪の下町・庄内には、誰もが気軽に立ち寄れて、おなかも心も満たされる「居場所」がある。1つ100円の手作り惣菜は、20歳以下はすべて無料、店頭に並べたそばから消えていく人気ぶりだ。それを目当てに訪れたはずが、気がついたら自分の悩みを打ち明けている……そんな人たちが後を絶たない。家族問題に悩み、うつ病に苦しんだ過去を持つ店主・上野敏子さんの思いが詰まった、「お助け処」の物語とは―。

お惣菜は、話を聞くツール

 5月上旬だというのに、梅雨を先取りしたような曇天の朝9時30分。阪急宝塚線庄内駅にほど近い『ごはん処 おかえり』(以下、『おかえり』=大阪府豊中市)では、お惣菜作りが佳境を迎えていた。店主の上野敏子さん(53)は焼き飯を炒め、アジをフライにし、慣れた手つきでハンバーグをプラスチック製の容器に詰めていく。

 1日に作るお惣菜の種類は10品ぐらい。どれでも1つ100円とリーズナブル。それでいて、食の細い高齢者なら2食分はあるほどボリューミーだ。

 ボランティアを務める男性がホカホカと湯気が立つお惣菜の一部に“見本”と書かれたシールを貼り、店頭に並べる。そんな見本に誘われるように、路地裏の小さな店にお客が次々にやってくる。

 この日、最初に訪れたのは、買い物カートを押しつつ自宅から30分かけて歩いてきたという高齢の女性。唐揚げに焼き飯、コーンフライを手に取り代金の300円を上野さんに渡し、こう話す。

大阪・庄内の路地裏に『ごはん処おかえり』はある 撮影/齋藤周造
大阪・庄内の路地裏に『ごはん処おかえり』はある 撮影/齋藤周造

「スーパーにもお惣菜はあるけれど、防腐剤が使われているからね。でも、ここは手作りだし、熱々のできたて。なにより安いのがいい!」

 続いて現れたのは、自転車に乗ってやってきた女性(40)。

「上野さんのフェイスブックに“サイズ110センチ以上の子ども服が必要。余っている人は持ってきて”と書かれていて。それで、うちの子の服を持ってきました」

 女性はこう続ける。

「上野さんを通して、困っている人が身近なところにこんなにいるんだと知りました。ニュースでしか聞いたことのなかった貧困というものを、初めて具体的に考えられるようになりましたね」

 その後も入れ替わり立ち替わり、店を訪れる人の姿が引きも切らない。お惣菜を買うついでにひとことふたこと、上野さんと言葉を交わして去っていく大人もいれば、店の2階にある部屋で絵を描いたり、おやつを食べたりする子どももいる。

 この『おかえり』は老若男女を問わず、困りごとを抱えしんどい状態にある人たちの居場所にして相談所。数々のお惣菜は、安くておいしい逸品であると同時に「困っている人を店に呼び込み、話を聞かせてもらうためのツールなんです」と上野さんは言う。

 店の前をウロウロして入りたいのに入れない、わけあり風の人に対しては、上野さんがすかさす“どうしたん?”と声をかける。

「『おかえり』のSNSを見て来てくれたんやろうけど、声をかけると10人中、3人は逃げちゃう」(上野さん)

 “逃げちゃう”人たちは切実な事情を抱えている。100円のお惣菜を買うのに躊躇するほど生活が苦しい。困っているけれど、どこへ相談すればいいかわからない。特に最近、そうした若い人が増えていて上野さんは気がかりだ。

 夕方6時半になると、売れ残ったお惣菜3品を1パックにまとめて、店頭に並べていく。この時間帯のお惣菜は、すべて無料で持ち帰ってOKというから驚かされる。

「お惣菜はあえて余るように作っています。だから、黙って持って帰ってくれていいの。でも私、しゃべるのが大好きだから、話を聞かせてほしいわあ!」

 ボランティアの男性が店頭に並べると、どこからともなく人が現れ、20パックはあったお惣菜が瞬く間に消えていく。1人で2~3パックを持ち帰る人や、毎日のように足しげく通う人も。近所に住む男性(66)も、そんなリピーターのひとり。

常連客の男性。 撮影/齋藤周造
常連客の男性。 撮影/齋藤周造

「ここの惣菜はおいしいよ。何回も利用してます。上野さんには行政の担当者と話をするとき、間に入ってもらったこともある。ああいうときは女性のほうがええねん。担当者の対応が違う」(男性)

 上野さんによれば、男性は生活保護を受けながら時折、働いて暮らしている。生活保護の利用者には“行政不信”の人が少なくないという。

「(福祉事務所の対応がまずくて)嫌な思いをしたり、(担当者に対し)乱暴な口調になったりする人もいます。だから私が間に入ると、対応がスムーズになるんです」

 役所の窓口に一緒に出向いてサポートする“同行支援”を行うことも頻繁にある。筆者たちが取材をしている間にも、上野さんの携帯電話にはLINEや電話でのSOSが飛び込んできた。

 そんな上野さんだが、かつては「福祉に頼るなんておかしい。そんなの自己責任、と思っていたクチだった」と話す。いったい何が彼女を変えたのか。波瀾万丈な人生を追いかけ、ひも解いていきたい。