なぜ芸能界は事務所の移籍・独立トラブルが多いのか

 解散した国民的アイドルグループSMAPや清水富美加さんなど、芸能界で所属事務所からの独立や移籍をめぐるトラブルが目立っています。

 これを受けて、芸能タレントやスポーツ選手など特殊な技能を持つ人と企業などとの間で移籍などを制限する契約がなされた場合、独占禁止法の規制対象になるかを検討するため、公正取引委員会が有識者会議を開き、今年度内にも検討結果を公表する方針であることをNHKなどが報じました。

 芸能人の移籍がトラブルになりやすいのは、芸能事務所が所属する芸能人の移籍を契約で縛っているケースが多いことに起因しています。それには3つの問題点があります。

 1つ目は「競業避止義務契約の有効性」です。

 実際に芸能事務所と芸能人との間でどのような契約が交わされているかについてはそれぞれ個別のケースで異なりますが、契約解消後一定期間の芸能活動を禁止したり、芸名の使用を禁止したりする条項が盛り込まれていることが多いようです。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 このような条項は「競業避止条項」と呼ばれ、フランチャイズ契約や一般的な労働契約においても規定されることがあります。美容師として雇われていた労働者が、退職後も1年間は近隣で独立開業できないとか、フランチャイズに加盟していたラーメン店は、フランチャイズを脱退しても同じ場所でラーメン店を開業できないという取り決めが典型例です。

 競業避止条項の有効性についてはたくさんの裁判例がありますが、有効と判断されたもの、公序良俗(民法90条)に違反するので無効と判断されたものなど判断が分かれています。

職業選択の自由は憲法で認められている

 そもそも憲法22条は職業選択の自由(営業の自由)を認めており、競業されても会社がそれほど困らない場合、競業を禁止する地域が不必要に広い場合、競業を禁止する期間が不必要に長い場合などは、競業避止の契約が無効であると判断されます。

 実際に2006年には東京地方裁判所で「芸能人の芸能活動について当該契約解消後2年間もの長期にわたって禁止することは、実質的に芸能活動の途を閉ざすに等しく、憲法22条の趣旨に照らし、契約としての拘束力を有しない」とする判決が出されています。

 次に「優越的地位の濫用」です。

 独占禁止法は、契約の一方が優越的な地位にあることを利用して、契約の相手方に不利になるような条件を設定すること(優越的地位の濫用)を禁止しています。芸能事務所が出す条件を芸能人が拒否することは現実的でないとすると、優越的な地位を利用して、芸能人側からのみ所属契約解約ができないようにすることは、この禁止規定に抵触する可能性があります。

 なお、多くの芸能事務所が所属する業界団体「日本音楽事業者協会」は、事務所が芸能人と結ぶ契約書の雛形となる「専属芸術家統一契約書」を作成しており、その中で、事務所と芸能人の関係について、「互いに対等独立の当事者同士の業務提携」としています。

 しかし、仮に契約書中にこのような条項があったとしても、優越的な地位の濫用があったかの判断は当事者の力関係の実質を見て判断されることになります。

 最後に「事実上の闇カルテルの疑い」です。

 実際問題として、芸能人が契約上(法律上)所属事務所との契約を解消できたとしても、その後の芸能活動が難しくなるという問題があります。

 たとえば、事務所を辞めた芸能人をテレビ局が起用しようとした場合、その芸能事務所が他の所属芸能人をそのテレビ局に出演させないようにしたり、さらには他の芸能事務所にも働きかけ、その芸能事務所も所属芸能人をそのテレビ局に出演させないようにしたりということが現実的にあるようです。

 テレビ局が移籍した芸能人を起用したいと考えても、移籍前の芸能事務所との取引・利害関係を考慮して、それがかなわないこともあります。

 独占禁止法では競争関係にある他の事業者と共同して取引を拒絶することを禁止しており、今回の有識者会議はこの点も調査しようと考えているとみられます。

プロ野球の場合は?

 芸能人以外で移籍に大きな制限がある典型例がプロ野球選手です。

 プロ野球選手は、原則として選手本人の希望にかかわらずドラフト会議で所属球団が決まります。また、球団との契約は原則1年ごと(正確には2月1日から11月30日までの10カ月)であるにもかかわらず、球団側にのみ更新権があり、選手は事実上「所属球団との契約を更新する」か、「プロ野球選手を辞める」かの二者択一を迫られます。

 さらには、ある日突然「トレードになった」と言われ、他球団への移籍を余儀なくされることすらあります。

 会社員であれば、勤めている会社を辞めたくなれば自由に辞められますし、その後どの会社で働くかも原則として本人の自由です。もちろん、会社が「あなたはトレードになった」などと言って勝手に次の勤務先を指定することもありません。

 プロ野球界でこのような特殊な慣行が成り立っているのは、選手全員がサインをしている野球協約と統一契約書があるからです。野球協約は、選手は各球団と所属契約をするとしながらも、広くはプロ野球機構という興行主体と契約するような形を取り、プロ野球という興行を盛り上げるために、A選手はこの球団で役割を担い、B選手は別の球団で役割を担うという意味を持たせています。

プロ野球選手に決定権はない?

 プロ野球機構が雇い主である会社で、各球団はその中の部署にすぎないのだから、どこの部署(球団)で働かせるかは会社が決め、選手に決定権はないというニュアンスです。

 もっとも、これは例え話で、実際には選手は各球団と契約をしています。移籍の自由をまったく認めないのは問題があるということで、機構が選手会と話し合った結果、一定の期間一軍で活躍した選手にFA(フリーエージェント)権を認めたり、ドラフトに逆指名(希望入団枠)の制度を導入(現在は廃止)したりした経緯があります。

 しかし、契約期間が満了すれば自由に移籍が認められるプロサッカー選手(Jリーガー)とはいまだに大きな違いがあるといえます。

 芸能事務所は、芸能人を売り出すためにボイストレーニングやダンスを習わせたり、住む所やマネジャーを手配したりするうえ、多額の宣伝広告費をかけ、多額の養成費を投資しており、自由な移籍を認めては成り立たないといいます。

 プロ野球球団は、選手が自由に所属球団を選べるようになると、資金力のある球団に戦力が偏り、ペナントレースが成り立たなくなるといわれます。

 公取委の判断によっては、これまでの流れが変わるかもしれません。そもそもファンあってこその芸能界であり、プロスポーツです。芸能事務所やプロ野球機構が描いた筋書きを見せられるのではなく、本当に力のある芸能人やスポーツ選手が、その技能を存分に発揮できる制度や環境こそ、ファンが求めるものであることは間違いありません。


三谷 淳(みたに じゅん)◎未来創造弁護士法人 代表弁護士。慶應義塾大学法学部法律学科出身。2000年弁護士登録後は横浜の大手法律事務所に勤め、数多くの裁判を手がける。このころ旧日本軍の爆雷国家賠償訴訟に勝訴し、数々のマスコミに取り上げられる。しかし、2006年に独立し三谷総合法律事務所(現・未来創造弁護士法人)を設立すると、裁判はたとえ勝訴しても、時間がかかり、依頼者に強いストレスをかけ、結果的にお金も回収できないケースが多いことに気づき、徹底的に交渉術や紛争予防法を研究する。一日5件、週に20件、毎年1000件の交渉を実践し、「日本一裁判しない弁護士」と呼ばれるようになる。紛争の早期円満解決や予防は、トラブルを抱えるクライアントだけでなく、企業経営者からも絶大な支持を受け、現在では「経営を伸ばす顧問弁護士」として地域、業種を超えて全国各地の上場企業から社員数名の企業まで100社近くの顧問弁護士を務める。