2世タレントが目立つのはテレビが守りに入っているから?

「2世タレント」増加に歯止めがかからなくなっている

「このパッとしない感じのタレント、誰?……ああ、○○さんの子どもか」

 テレビを見てそう思ったことがある人も少なくないだろう。最近のテレビでは、親が芸能人であるタレント、いわゆる「2世タレント」がやたらと目につく。2世タレントというものは以前から存在していたのだが、特にここ数年はその人数が飛躍的に増えていて、増加傾向に歯止めがかからなくなっている気がする。

 そもそも「2世タレント」という単語にはネガティブな印象が付きまとう。「突出した才能があるわけでもないのに、親が芸能人であるというだけでテレビに出ている人」というのが一般的なイメージだろう。

 実際、2世タレントの中にはトラブルを起こして問題になる人も多い。最近だけでも、覚醒剤所持容疑で逮捕された橋爪遼、強姦致傷容疑で逮捕された高畑裕太、恐喝未遂容疑で逮捕された坂口杏里、違法賭博店への出入りが報じられて謹慎した清水良太郎など、枚挙に暇がない。

 ひと昔前のテレビでは、2世タレントは自分が「2世」として色眼鏡で見られていることを自覚したうえで、あえて自分からそれをネタにするようなところもあった。東八郎の息子であるTake2の東貴博は、育ちのよさを鼻にかけて1万円札で汗をふくという定番ネタを持っていた。2世が2世であることをそれなりに意識していたのだ。

 ところが、最近のバラエティ番組では、2世タレントたちが妙に堂々としている。ルックスのよさ、面白さ、頭の回転の速さなどの特別な加点要素を持ち合わせていないように見える2世タレントですら、バラエティ番組で当たり前のように雛壇に座っていたりする。

 視聴者の誰も積極的に求めているようには思えないのに、その勢力は拡大の一途をたどっている。2世タレントがこれほど増えたのはなぜだろうか?

 その最大の理由は「トークスキルの要らないバラエティ番組が増えた」ということにある。『踊る!さんま御殿!!』(日テレ系)に代表されるような現代の「雛壇トークバラエティ番組」では、単独で笑いを生み出す力のある一流芸人がMCを務めている。

 この手の番組では、ゲストのタレントがどんなことを話したとしても、MCの芸人がそれを面白く料理してくれる。ゲストの受け答えは普通で構わない。だから、ゲストにはトーク力が求められない。むしろ、より重要なのは、視聴者の目を引くような「話題」を用意しておくことだ。

 その点、2世タレントには「親にまつわる話題」という絶対的な強みがある。親が有名人であれば、その人が普段どんな日常を送っているのか、子どもにはどういうふうに接しているのか、ということ自体が興味深いトークテーマとなる。

 普通であれば、駆け出しの新人タレントの話が面白いかどうかなどということは事前にはわからない。だが、2世タレントの場合、親について語れるというだけで、話のクオリティを確実に一定以上に保つことができる。

 最終的にそのトークが盛り上がるかどうかは、MCの芸人に任せればいい。「話題さえあればいい」という状況では、2世タレントは圧倒的に有利となる。

親子が並んでいることはそれだけで十分に価値がある

 また、2世タレントを起用すると、「親子共演」という形で親のタレントを引っ張り出すという展開も期待できる。有名人の親子が横に並んでいるという画(え)は、それだけで十分に価値がある。

 もちろん、子どもを起用することで、親の大物タレントやその所属事務所に対して恩を売ることができる、というのも制作者側のメリットだ。

 ちなみに、トークバラエティ番組に2世タレントが目立つもうひとつの理由は、ドラマや映画の宣伝で俳優がバラエティ番組に出る機会が増えているからだと思う。そもそも「俳優」というジャンルには2世タレントが多い。俳優のバラエティ出演自体が増えているので、それに伴って2世タレントのバラエティ出演も増加しているように見えるのだろう。

 さらにいえば、2世タレントにはタレントとして重要なものが備わっている。それは「人前に出る度胸」だ。2世タレントは親を通して、芸能界やテレビの世界に子どもの頃から親しんでいる。

 自分の親がテレビに出ているのを当たり前の現実として受け止めながら成長している。彼らにとって、テレビ業界は「親の職場」にすぎない。だから、テレビの現場で緊張して固くなったり、必要以上に身構えてしまったりすることがない。

 しかも、ほとんどの場合、2世タレントは親と付き合いのあるほかのタレントとも古くからの顔見知りだったりする。だからこそ、芸能人を相手に緊張することもない。

 一方、相手の芸能人の立場から見れば、2世タレントは「○○さんの子ども」ということで、特別に面倒を見たり、かわいがったりする。共演したときにはその関係性が表に出て、和やかな雰囲気になったりもする。

 2世タレントを目にする視聴者は、本人を見ていると同時に、その奥にいる親の姿を見ている。親のよい部分を受け継いていればそこを褒めたくなるし、よい部分が見つからなければ「親の七光りだ」とたたきたくなる。どっちに転んだとしても、最低限の興味はある状態からスタートできる。これが2世タレントの強みだ。

2世タレントが目立つのはテレビが守りに入っている?

 そんな2世タレントが最近やたらと目立つのは、現在の地上波テレビが守りに入っているからというのもあるだろう。YouTube、Netflix、Amazonプライム、AbemaTVなど、地上波テレビ以外の動画メディアは年々存在感が強まっていて、その視聴者も増えている。面白いものを積極的に求めている人は、ほかのメディアにどんどん流れていく。

 そうやってガツガツせずに、なんとなく惰性でテレビを見ている人こそが、現在の地上波テレビの主要な視聴者層だ。だからこそ、今のテレビでは、過去にテレビで流行したものに再びスポットを当てるタイプの番組が目立つ。

 往年の人気歌手が昔ヒットした曲を歌ったり、かつて有名だったタレントが過去の成功体験やその後の失敗談を赤裸々に語ったりするような番組だ。2世タレントを起用するというのも、すでに人気のある親の立場に乗っかっているという意味では「再利用」型の企画だといえる。

 そう、地上波テレビは徐々に「昔からテレビを見ている人」だけを相手にするようになりつつある。なぜなら、そのほうが商売として手堅いからだ。テレビを見る人の絶対数はこれ以上増えそうにないのだから、新規顧客を開拓して視聴率を上げようとするよりも、今ある視聴率を下げないようにしたほうが効率的なのだ。

 ただ、これはもちろん「縮小再生産」である。それは、現状における当面の「最適解」ではあるのかもしれないが、局面を打開する「正解」ではない。2世タレントの台頭は、地上波テレビが静かに衰退しつつあることを象徴しているのではないかと思う。


ラリー遠田(らりーとおだ)◎作家・ライター/お笑い評論家 主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手掛ける。お笑いオウンドメディア『オモプラッタ』の編集長を務める。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『逆襲する山里亮太』(双葉社)、 『なぜ、とんねるずとダウンタウンは仲が悪いと言われるのか?』(コア新書)など著書多数。