映画『奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール』の原作者である、渋谷直角が6年ぶりにコラム集『コラムの王子さま(42さい)』(文藝春秋)を発売。どのコラムもおかしすぎて、読むだけでハッピーになれる。そんな中から、選りすぐりの一本をご紹介。

イラスト/渋谷直角

シロ、一本

「逆に追いつめてしまう言葉」というのがある。「愛してる」が重くて別れた、とか。鬱病を患う人に「がんばって」と励ますとプレッシャーになる、とか。ポジティブな響きのはずなのに、相手や状況によっては傷つけてしまうことがある。

 友人の話だ。椎名町駅の、ある焼き鳥屋さんに入った。チェーン店で、店員が全員外国人。どうも入ったばかりの新人店員が、カタコトで注文を取りにきた。「シロをタレで一本。あとビール」。友人は軽く飲んで出ようとしたらしい。

 しかし「シロを一本」という注文に、店員が衝撃を受ける。「イッポン!?」。どうやら、そんな注文をする客が今までいなかったらしい。ふつうは何本も頼む、と。

 釈然としない顔で厨房に向かっていくが急に立ち止まり、「待てよ/そんなことある?/俺がまだ日本語を理解してないから?」といった感じで、また友人の元へ引き返し、「……シロ、イッポン?」と聞き直す。

「うん、一本」「イッポン……」。また厨房に向かう。

 しかし、厨房の店長がコワイらしく、オーダーを言えない。店員の頭の中ではおそらく、「そんな注文ありえない/俺が間違ってる/そしたら怒られるのは俺だ/怒られるのはイヤだ」としているのだろう。

 テンパった表情で、また友人のところに戻ってくる。「……シロ、イッポン?」。友人は察して、「じゃあシロ、二本」と変えた。店員の狼狽っぷりに、気を使ったのだ。

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 しかし、それが店員にとってますます混乱を生んだ。「ニホン!?」。店員は完全に困惑した顔で、厨房へ消えた。そこから40分。いっこうに注文したものが来ない。店員もいない。

 厨房に訊くと、「注文? キテナイヨ」。そして店長も、店員がいないことに気づいて、店の外へ出る。すると何かを叫んだ。友人も店を出てみると、なんとあの店員が、体育座りで号泣している。

「シロ一本」の意味がわからず、パニックになり、逃げ出してしまったというのだ。あまりにもワンワン泣くので、店内は超気まずい空気になったという。言葉は凶器だ。だが、それが「シロ一本」では、こっちもどうしていいかわからない。これは「罪」なのか? わからない。気をつけたい。何を!?

※その後、店員は皿洗いになった。だが、プレッシャーから解放されたのか、「テンチョ~、ハヤク皿モッテキテヨ~(笑)!」「洗ウモンナイヨ~(笑)!」と調子に乗ってて、友人はなんだか猛烈にムカついたそうだ。


渋谷直角(しぶや・ちょっかく)◎漫画家・コラムニスト 1975年東京都練馬区生まれ。1990年代後半にマガジンハウス「relax」誌でライターを務めながら、同誌で漫画も描き始める。著書に長編漫画『奥田民生になりたいボーイ 出会う男すべて狂わせるガール』『カフェでよくかかっているJ-POPのボサノヴァカバーを歌う女の一生』(ともに扶桑社)、エッセイ『直角主義』(新書館)、『ゴリラはいつもオーバーオール』(幻冬舎文庫)など。新刊漫画『デザイナー渋井直人の休日』(宝島社)も発売。