元貴闘力の鎌苅忠茂氏。自身の店にはしょっちゅう顔を出すそう

 東京都中央区八丁堀。JR東京駅から八重洲側に出て約1km。タクシーを拾えばほんの数分、徒歩でも15分ぐらいで到着できる街だ。JR京葉線、東京メトロ日比谷線の駅もある。

ド派手な店名入りの大きな看板や赤い提灯が目を引く

 歴史は古く、もともと江戸時代の初期に寺町として栄え、その後、町奉行下の与力、同心などの住居が立ち並んだ。現在もオフィス街としての側面を持つ一方、マンションなどの住居も混在している。

 その八丁堀に「焼肉ドラゴ 八丁堀店」がこの9月下旬にオープンした。店先の大きな赤い提灯が目に止まる。「貴闘力」。そう、元関脇の貴闘力忠茂氏(本名:鎌苅忠茂氏)がプロデュースする焼き肉店だ。

「焼肉ドラゴ」は横綱通り店(東京都江東区清澄)、押上店(東京都墨田区押上)などがあり、八丁堀店が最も新しいお店となる。

 系列店はもともと黒を基調としたシックなたたずまいが基本。中でも、八丁堀店は東京駅や銀座、東京証券取引所のある茅場町などにも近いオフィス街という位置づけから、よりスタイリッシュ感を高めた内装とした。1人もしくは2人連れの来店客が多い土地柄を見込み、カウンター&2人用テーブルがメインの構成となっている。

インパクト絶大!ボリュームのあるメニュー

ガリタ盛り。特にドラゴカルビ(右)のインパクトが絶大だ

 特徴はボリュームのあるメニューだ。たとえば、看板メニューの「ガリタ盛り」。フジテレビ系列で放送中の「めちゃ2イケてるッ!」の「ガリタ食堂」というコーナーで誕生したメニューで、タン塩、ヒレ、カイノミ、ドラゴカルビ、ハラミが合計700gで7500円。3人でも十分な量だ。

 鎌苅氏は2002年に現役を引退。相撲部屋の親方を務めていたが、野球賭博に関与したとして日本相撲協会から2010年に解雇された。そうした紆余曲折を経ながらも、同年に焼き肉店の経営をスタート。今では自身がプロデュースする焼き肉店は10を超える。

 相撲界(角界)を引退後、力士が飲食店を始める例は、少なくない。典型的なのは「ちゃんこ料理店」。現役時代から「ちゃんこ」をよく食している関係からだ。たとえば元大関の霧島氏による「霧島」、同じく元大関の増位山氏による「ちゃんこ 増位山」などがある。

1人焼き肉や、カップルなどでも気軽に寄れる雰囲気

 飲食店の出店開業者・運営者を支援するサイト「飲食店.COM」「店舗デザイン.COM」を運営するシンクロ・フードが2014年5月に発表した調査によると、飲食店は開業後1年未満で約35%、2年以内に約50%が廃業し、10年後まで残っているのは約1割にすぎない。オーナーの多くは飲食業経験者、中には元店長クラスの人材も少なくない。

 元力士としての知名度やイメージを生かす「ちゃんこ店」でもなく、そもそも外食業経験者であっても生き残るのが難しい飲食店経営において、鎌苅氏は一定の成功を収めているといっていい。

 鎌苅氏が焼き肉を選んだのは、「力士時代からのお付き合いのおかげ」という。兵庫県出身という地の利を生かして、現役時代から神戸牛を扱う企業と懇意にしていたことから、牛肉の特別な仕入れルートができたそうだ。

 ここに店舗展開が可能となった秘密があった。焼き肉店の経営は良い品質の牛肉を、どれだけ安く仕入れられるかが勝負のカギを握る。アメリカ産やオーストラリア産の牛肉よりも国産和牛のうま味は格別。それを大量仕入れできれば、原価も下がる。さらに「焼肉ドラゴ」の場合は、ボリュームたっぷりでリーズナブルという路線を選んだ。

 いまや空前の肉ブーム。特に牛肉(ビーフ)の注目度が高く、さまざまなMOOK本、ガイドブックなども発売されている。趣向的には、従来のA5ランクの霜降りが重宝された時代から、ドライエージングビーフ(熟成牛)を経て、今は赤身のビーフをボリュームたっぷりという、いわば「G系ビーフ」と呼ばれるガッツリ系へとシフトし、主流となっている。「焼肉ドラゴ」も、まさにそこを狙った。

ドラゴが好調な理由

現役時代の貴闘力氏の写真も飾られている

 といっても肉の品ぞろえだけが成功要因ではない。ドラゴが好調な理由はほかにも大きく3つあると筆者は考えている。

 まず、「ストーリー」がしっかりあるということがある。相撲=がっつり、がっつり=肉、肉=牛肉、牛肉=神戸、神戸=貴闘力というイメージである。本人とブランドが一体化することでストーリー(必然性)が生まれ、一般顧客に支持される。

 八丁堀店はそれほどでもなかったが、いわゆるメーキング的な方法で、お店を紹介していくマーケティング手法にも力を入れている。新店を立ち上げる際、数カ月前からブログやFacebookなどに経過を報告し続け、オープンを迎える。

 逆に、肉ブームに便乗して肉料理店をオープンする程度では、売り上げを確保するのは難しい世の中だ。

「SNS映え」も要素だろう。食べ応え、ワイルド感なども重視して、可能なかぎり分厚くカットして提供することにより、相撲=ボリュームたっぷりというイメージにも合致。写真を撮ってインスタグラムやFacebookに投稿したときのウケがいい。

ジューシーという言葉がぴったり。ワイルドにかぶりつけ!

 最後は「高原価率」にある。10年前ならば飲食店の原価率は30%以内に抑えるという料理界の一般常識的な数字があったが、ドラゴの原価率は50%を超えるもようだ。それもほかの飲食店と比較して、調理がとても少なくて済むため人件費も抑制できる。

 その分、優れた食材に費用を充てられる。昨今の黒字飲食店のキーワードは「薄利多売」。原価率でいえば35~45%程度が売れている飲食店のスタンダードとなりつつある中で、これだけ高い原価率でメニューを提供できれば来店客の満足度は高い。

 とはいえ、経常利益が確保されなければ企業経営は成り立たない。そこで用いられる概念が、FLコストやFL比率というもの。FLコストが原価+人件費、それを売上高で割った数字がFL値だ。健全な飲食店経営のためには、このFL値を65%以内にすることが大切といわれ、ドラゴはそこを守っている。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

外食業界のトレンドは移ろいやすい

 セカンドキャリアとして、飲食店経営に乗り出す元プロスポーツ選手は少なくないものの、失敗するケースは枚挙にいとまがない。ここまで成功を収めている鎌苅氏だが、焼き肉のみならず外食業界のトレンドは移ろいやすい。これまでに作り上げた自らの強みを生かしつつ、時代の流れに対応して柔軟にそのやり方をつねに工夫していく努力が欠かせない。


はんつ遠藤(はんつえんどう)◎フードジャーナリスト 1966年生まれ東京在住。早稲田大学教育学部卒業。海外旅行雑誌のライターを経て、テレビや雑誌、書籍などでの飲食店紹介や、飲食店プロデュースなどを行うフードジャーナリストに。ライターとして執筆、カメラマンとして撮影の両方をひとりでこなし、取材軒数は8000軒を超える。「週刊大衆」「JAL(Web)」などに連載中。また近年は料理研究家としてTVラジオ雑 誌などで創作レシピを紹介している。著書は『はんつ遠藤のうどんマップ東京・神奈川・埼玉・千葉』(幹書房)、『おうちラーメンかんたんレシピ30』『おうち丼ぶりかんたんレシピ30』『全国ご当地やきとり紀行』など。