世の中は不倫ブーム真っ盛り。しかし、実際に不倫している一人一人の女性に目を向けたとき、その背後には、様々な難題がのしかかってくる一方で、何の解決策も見つからないこの社会を生きる苦しみがあり、不倫という享楽に一種の救いを求める心理があるような気がしてならない。この連載では、そんな『救いとしての不倫』にスポットを当てていけたらと思っている。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

「今夜、奥さんと会うかも…」

「実は今日の夜、地元のお祭りがあって、これから行くんですけど、彼の家族も来ているみたいだから、奥さんに会うかもしれないんです。この際、奥さんの顔を一度見に行こうと思うんですよ

 待ち合わせの池袋駅に現れた斎藤理沙(仮名/独身・35歳)は、少し気後れしたような、それでいて、こちらの様子をうかがうような笑みを浮かべた。ショートカットのボブで栗色に染められた髪。服装は、ピンクのシャツに、デニムのスカート。いわゆる美人という部類ではないが、目鼻立ちがしっかりしていて、背が低めのムッチリ系タイプ。おっとりした話し方と、上目遣いの瞳が可愛らしい。職場の男性たちにも可愛がられているというのが一目でわかる。

可愛らしい雰囲気の理沙

 これから会うという理沙の不倫相手は、職場の上司で8歳年上の戸田豊(仮名/43歳)だ。

 理沙は、早速、普段の豊とのやり取りを見てほしいと言って、持っていたスマホのLINEを見せてくれた。トーク履歴の背景画像は、2人が初めてデートしたという、よみうりランドのジェットコースターの写真だった。ここまではいたって普通の恋人同士……という雰囲気である。そこには、大学生のカップルのような初々しい会話が続いている。

「おやすみ」「いってらっしゃい」「おはよう」――途切れることのない、まさにラブラブ真っ最中といったやり取りに、思わずこれが不倫であるということを忘れてしまいそうになる。

 しかし、LINEの丸いアイコンの顔を見ると、ぎょっとさせられる。

 豊の顔のアイコンでなく、かなり幼い少年のものなのだ……。そう、理沙が毎日、スマホで会話しているアイコンは、豊の小学三年生になる息子(!)だったのである。丸いアイコンの中には、どう考えても不倫という言葉からは程遠い、ピースサインをしたあどけない笑顔が浮かんでいた。

そうそう、私、毎日、彼のお子さんの顔を見ながら、LINEで会話してるんですよ(笑)。私もそれが嫌で仕方がないんですけど。彼の息子さん、顔が彼にそっくりだし(笑)。彼とやりとりしてるときは、かなり複雑な気持ちで、アイコン変えてくれよっていつも思ってますけど、なかなか言えないんです。いつも、“あー、またこのアイコンか。まぁ、そうだよね、しょうがないよね”と思いながら、夜中まで彼と会話しちゃうんです。やっぱり変えてくれって言おうかな」

2人が職場内不倫に陥るまで、時間はかからなかった

 理沙は、高校卒業後、10年ほど飲食業界で働いていた。飲食業界は、接客業が好きな理沙にとっては毎日が楽しく充実した日々だった。しかしその一方で、理沙は、根っからの「だめんず」好きというか、極度の男性依存の傾向を次第に強めていった。その理由の一つは、理沙がアスペルガー症候群であったこと。そのため、上司の指示やマニュアル通りに仕事ができないことがあるなど、いろいろと思い悩むことが多く、常に誰かとつながっていないと不安なところがあった。

 その頃、理沙には、半ばヒモ状態だったバンドマンの彼氏がいたが、30歳を目前にしても夢を追い続ける彼との関係に未来はないと思い、飲食業界から別の業界へ転職するタイミングで別れることを決意した。とはいえ、その年になると、周りのいい男たちはみんなとっくの昔に結婚していて、“良品”が払底している状態であったのだが。

 新天地となったのは、かつて父親が働いていた自動車業界――。密かに憧れていた業界でもあり、一念発起して自動車の営業職に転職したのだった。正社員として現在の会社に雇用されるようになったのは去年の7月のことである。

仕事の内容としては、上司とペアで移動して、一日中作業することが多いんです。お昼も車の中で2人でお弁当とか食べるので、一緒にいる時間が長いんです。それで、前の彼氏のこととか、プライベートなこととかを話すようになって、すぐに好きになっていきましたね

 業界のことを右も左もわからない理沙に、手取り足取り丁寧に教えてくれたのが、今の不倫相手の豊であった。老若男女、誰からも好かれる明るくて優しい性格の豊に、理沙が心奪われるのに時間は多くはかからなかった。

 一昔前に比べて女性の割合が増えたとはいえ、自動車業界は、やはり男の職場である。

 職場にいる数少ない女子社員は、男性社員の争奪戦の対象になり、必然的にモテること、数少ない既婚の女子社員の不倫も会社では横行していることもあって、罪悪感は持ちようもなかったという。

 豊のほうにも不倫に走る理由があった。妻の出産後、10年近いセックスレスで我慢の限界に達していたのだ。それは、あたかも枯れかけた“男”を生き返らせたい、というあらがい難い欲望だった。

(後編に続く)

*後編は11月12日に公開します。


<著者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。