「男女の問題」でもなく、「個人の問題」でもなく、暴力を抱える、この社会の問題――性暴力を巡る問題についてそう語るのは、レイプ被害を実名で告発した伊藤詩織さん。警察から“ブラックボックス”“よくある話だから難しい”と何度も言われながらも、現状を変えるため声を上げた伊藤さんにインタビューを試みた。

伊藤さんは「いまなら、詩織さんの言葉で話せば聞いてくれる人がいる」と編集者に言われたことが執筆のきっかけになったと明かす。 撮影/近藤陽介

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 その女性は、まっすぐに目を見てこう言った。

「また闘うんですね? なんて言われるけれど、私、加害者への怒りから訴えを起こしたわけではないんです。真実を知りたい。そして、性暴力の問題を目に見えるようにして、何が改善できるのかという話をしたい。そのために自分の体験を語っているんです」

『被害者A』でも『闘う女』でもない。元TBS記者の山口敬之氏から受けたレイプ被害について、実名で告発したジャーナリスト・伊藤詩織さんだ。伊藤さんが見つめてきたこと、いま、伝えたいこととは? 帰国中の彼女に話を聞いた。

──手記『Black Box』で実名を明かしている。どんな思いがあったのか?

「家族に迷惑をかけないよう名字を伏せてきましたが、5月に会見をした時点で、本当は実名で話さなければいけないことだと思っていました。ドキュメンタリーを撮るなかで、取材対象者の背景を伝えることは重要だと思っていましたし、そこを隠して話したところで確かに伝わらない。

 被害を受けても生き続けなければならないし、私のような被害に遭った人たちは普通に、周りにいます。名前もあるし、顔もある。なのに異質な人、被害者Aとくくって見られる。そのイメージを壊さなければ、性暴力の問題が可視化されない。そう思ったのが実名を出したきっかけです

──訴えた勇気を称えられることもあれば、「被害者らしくない」と叩かれることもあった。司法記者クラブでの会見後、服装を揶揄したり誹謗中傷をしたりする声がネット上で相次いだ。

「会見前、信頼するジャーナリストから、リクルートスーツで行くようにと助言され、なぜ!? と言い返したんですが結局、彼の言うとおりで。“白いシャツのボタンを首までしめて着て、泣いて、もう話せませんと退場したら信じたのに”という声があったり、インスタグラムで私の姿を見つけて、“事件から2か月後、カメラ持ちながら笑ってるよ”とコメントがつけられたりしていました。

 会見後、知らない女性から“同じ女性として恥ずかしい”とメールをいただいたこともあります」

──一方で、海外に目を向ければ米ハリウッドで有名プロデューサーの性暴力が告発されたのをきっかけに多くの女性たちがSNSに「Me Too(私も)」と書いて連帯したり、体験を分かち合ったりしている。

「日本では長く“女性としての振る舞いや言葉遣いは、こうあるべきだ”と決められてきたから、企業や男性社会のなかで生きていくのは難しい。そんな影響があるのではないかと思います。

 それでも考えなくてはいけないのは、性被害とは、男女の話ではなく、暴力の話だということ。Me Tooのムーブメントによって、性暴力を社会全体の問題としてとらえ、これを止めようという動きが世界で広がっています。ただ残念なことに、日本ではそうなっていません」

──性暴力は密室で行われることが多く、犯罪の立証が難しいといわれている。

「警察から“ブラックボックス”“よくある話だから難しい”とは何度も言われました。立件して有罪に持ち込めるまでの証拠がなければ、と捜査する前から捜査員が言うのも聞きました。起訴できなければ被害届は受け取るなとか、最終的に有罪にならない案件は起訴もできない、といった検察から捜査現場へのプレッシャーがあるのでは? 今の司法システムが映し出されているように感じます。

 また捜査員が変わるたびに何度も同じことを聞かれ、処女かどうかなど繰り返し尋ねられたりするのもおかしい。行きたくもない現場に連れて行かれたり、人形を使って被害を再現させられたりするのは、被害者がどういう精神状態にあるかをまったく理解していないから。110年ぶりに刑法が改正されましたが、捜査態勢や受け入れの仕方が変わらなければ、誰も警察に足を運べないと思います」

12月5日に行われる、民事訴訟の初公判を前に

──加害者が社会で成功しているなど力関係に差がある場合、なお告発は難しい。

「日本社会は上下関係が厳しく、コーチや先生、職場で力が上の相手などには歯向かえないような人間関係にある。そのとき、どう抵抗すればいいのか。イギリスでは、被害者がどう抵抗したかではなく、加害者のほうが性行為の合意を取ったかどうかを証明しなければなりません。スウェーデンも、その方向に動いています。日本でも改善されなければならない問題です

──被害者に対する社会のサポート体制も不十分だ。

「被害の証拠を収集・保存するための『レイプキット』を設置した病院を増やすことが必要です。1か所に連絡するだけで治療や支援を受けられる、ワンストップセンターもきちんと機能させなければならない。スウェーデンにはレイプ緊急センターがあり、男性も女性もケアを受けられ、被害に遭ったらそこへ行けばいいということが周知されています。親や友人など周囲のサポートも大きいです」

──12月5日に民事訴訟の初公判が迫る。訴えた相手が政権に近い人物とあって、政治的な側面にスポットが当たることも多い。

「民事訴訟は不起訴相当となった検察審査会の結果とは関係なく最初から提訴するつもりでいました。できることはすべてやろうと。もちろん、何のための検察審査会なのか? とは思います。新たに問わねばならない疑問が生まれた。

 政治的な扱いをされるのは、本当は何があったのかということが明らかにされていないからです。真実がわかれば、そんな議論は必要なくなるでしょう。日本は民主主義で法治国家だと思ってきたのに、逮捕状が出されても現場で逮捕されなかったことへの明確な説明がいまだになされていません。こうした前例が1つでもあったら、今後も起きてしまうおそれがある。

 これ以上、同じような被害を出してはいけないし、もし大切な人が私の体験をたどってしまったらと考えると、こうしたすべての問題点を今すぐにでも変えなければと強く思います」

【明らかになっている事実】
・2015年4月、伊藤さんは就職に際し必要な就労ビザについて相談するため、TBSワシントン支局長の山口敬之氏(当時)と都内飲食店で会食
・山口氏は伊藤さんが「泥酔した状態」と認識していた
・山口氏は宿泊先のホテルに伊藤さんを連れて行った
・性行為があった
・伊藤さんの下着のDNA検査を行ったところ、山口氏のものと過不足なく一致するY染色体を検出
・伊藤さんは警視庁高輪署に相談。のちに被害届を提出、告訴状を受理される
・’15年6月、ホテルの防犯カメラ映像、タクシー運転手の証言などの証拠を集めて警察は準強姦罪の容疑で山口氏の逮捕状を請求、裁判所が発行を命じる
・’15年6月8日、アメリカから帰国する山口氏を逮捕するため、複数の捜査員が成田空港で待機していたが、逮捕直前に執行が差し止められる
・’15年8月、警視庁が準強姦罪の容疑で山口氏を書類送検
・’16年5月、東京地検が嫌疑不十分による不起訴処分を決定
・’17年5月、伊藤さんは検察審査会へ不服申し立てを起こした後、司法記者クラブで顔と名前を公表して会見
・’17年9月、検察審査会が不起訴相当を議決
・’17年9月、伊藤さんは山口氏を相手取り東京地裁に民事訴訟を起こす
・’17年12月5日、民事訴訟の第1回口頭弁論