世の中は不倫ブーム真っ盛り。しかし、実際に不倫している一人一人の女性に目を向けたとき、その背後には、さまざまな難題がのしかかってくる一方で、何の解決策も見つからないこの社会を生きる苦しみがあり、不倫という享楽に一種の救いを求める心理があるような気がしてならない。この連載では、そんな『救いとしての不倫』にスポットを当てていけたらと思っている。(ノンフィクション・ライター 菅野久美子)

不倫相手の地獄の結婚生活にかつての自分を見る

 今回、紹介するのは、夫と4年前に離婚したバツイチの石田由美子(仮名・51歳)。離婚後、自らの会社を立ち上げ、今は小さな会社ながら代表を務めており、仕事関係で知り合った妻子ある斎藤真一(仮名・55歳)と不倫関係にある。

<前編はコチラから>

ゴールドブラウンのボブヘアにクリクリとした目が可愛らしい由美子

 女社長として、余裕のある生活を送っている由美子だったが、夫と離婚するまでの結婚生活はどん底だった。由美子は、21歳のときに、3歳年上の夫とできちゃった結婚。娘と息子を授かるが、その直後から、夫のモラハラとDV、さらになんといっても女遊びに苦しめられた。

 結婚生活は奴隷――、由美子はそう語る。

一番つらかったのは夫の女遊びだよね。女遊びが日常茶飯事だったから。夫の女遊びがつらいのは、夫の会社の経理をしていたら、不明なお金がたくさんあったの。夫が明らかに不倫しているのが手に取るように、わかること。本当に嫌だった。それで問いただすと、“俺は、女遊びが生きがいなんじゃー!”と開き直って叫んで、暴力を振るったり、モラハラをされていた。夫のことは、子供たちも今も軽蔑していると思う。でも、当時の私は夫なしで、ひとりでは絶対生きていけないって洗脳されていたから、どうしようもなかった」

「普通の家族」に憧れていた。しかし、家に帰ると、待ち構えているのは何を話しかけても無視して、テレビの前に何時間も座っているモラハラ夫だった。機嫌が悪いと、暴力を振るったり大声を上げる。やがてそんな家庭生活に疲れ果て、由美子の持病の摂食障害はますます悪化する一方だった。

 嘔吐をすると、食べ物と一緒に胃酸も混じって出てくることから、歯を溶かしてしまう。由美子の歯は度重なる過食嘔吐によって、胃酸で次第にボロボロに溶けてしまっていた。結婚生活の代償は、総入れ歯――、そして、ボロボロに傷ついた心身だった。「もう、無理」それを自覚したときに、夫に離婚を懇願したのだという。

「こんな歯になってしまって、本当に、もう惨めで仕方なかった。だから、最初は妻帯者である真ちゃんと付き合うというのはすごく抵抗があった。社会的にも、不倫は嫌だと思っていたし。自分自身、それで苦しんできたからね」

 そう、かつては、由美子自身が浮気される妻の立場だったのだ。しかし、今、その立場は逆転した。由美子は、真一の妻に、かつての自分を見出す。

 どこまでも、夫にすがりついて、壊れた家庭生活の檻(おり)の中で苦しんでいた自分を――。

「奥さんを泣かせる立場になるのは嫌――」、真一と付き合う前に、何回も、何度も話し合った。それでも、真一は自分を救ってくれたかけがえのない人であることには変わりはなかった。

 その思いだけは、何があっても揺るぎようがなかった。

「世間が不倫はダメだと叩きたいなら、叩けばいいって思う。理解できない人にはわかってもらわなくてもいい。でも、私、本当の愛を見つけたんだもの」

心が通じ合っていればそれでいい

 だから、真一の妻に対しても、特に嫉妬心はない。

今日家族でごはんを食べに行ったよとか、かみさんの買い物に付き合ってやったとかそういう話を聞いたら、普通は嫌なんだろうけど、今は嫌じゃなくなってきたの。真ちゃんが私のことを大事にしてくれてるのを、私はわかってるから。子供が大事というのも理解できるし。ただ最終的に、ずっと一緒にいようねと思ってるけど、もし、ダメならそれはしょうがないと思ってる。絶対こうでなきゃいけないというのはないの」

 由美子は、戸籍にもこだわらない。年を取ってきたら、籍が入っていないのは確かに不利になるかもしれないが、心が通じ合っていればそれでいい、そう考えているからだ。

 真一はいつか離婚すると言っているが、それも、口約束だ。

「それって確かなものではないですよね」――そう指摘すると、

「それはそう。私が大事なら家庭も何も捨てて一緒になればいいじゃんって思うかもしれない。でも、一緒にいたかったらいればいいし、いたくなくなったら離れればいいって思うんだよね。そこは自由でいいんじゃない?

 このようなスタンスを取ることができるのは、やはり由美子が経済力を持っているのが大きいだろう。かつての自分は、今の不倫相手の妻と同じく、経済力がないために、どんなにDVや女遊びが激しくて精神的につらくても、しがみつかなくてはいけない存在だったのだ。

「それを考えると、私にとって結婚生活って奴隷みたいだった。専業主婦の真ちゃんの奥さんが、夫にしがみつこうとする気持ちも分かる。それは過去の私。だから無理に引きはがそうとは全く思ってないよね。相手に依存しないためには、やっぱり経済的な部分が大きいんだと思うよ。経済的に自分が自立できてないと、相手にしがみついてなきゃいけなくなるから

 まるで、かつての自分のような真一の妻。その存在ですら思いやることができるのは、まさしく由美子が結婚生活の地獄を味わってきたからに他ならない。そして、その地獄から抜けられたのも、経済的な自立があったからだった。

 由美子は、真一の妻に対して、何も感じることはないという。ただ、真一が大切にしているものは大切にしたい。心からそう思っているだけだ。

 由美子は真一と年に数回は車を飛ばして近県まで行き、お泊りデートをする。長野県や静岡県などの観光地を散策するのだ。そして、ラブホのゴージャスなベッドで、何度も愛し合ってから帰る――。そんなささやかな逢瀬の幸せを由美子はかみしめている。

 真一の家族も今のところ、特に不審に思ってはいないという。

不倫相手の家族にケーキのお土産を

夫との生活のときは、常にイライラしていたけど、今は真ちゃんと多少すれ違ったりしても、受け止められるんです。それは、ベースに愛があるからなの。夫との間には愛がなかった。愛って、最初からあるものではなくて、育むものだと思うんだけど、夫はそれを育てられる相手じゃなかった。夫とは、“あなたのために良くなるようにやってるのに” “俺はおまえのためにやってんだよ!”って、毎日怒鳴り合いだったんですよ。それ、おかしいでしょ。私にとって、愛を育める相手が妻帯者だったのは残念だけど、でもそれはしょうがない。年が年だからね」

 由美子はそこまで一息にまくし立てると、「私は不倫に救われたよね」とボソッとつぶやいた。

結婚生活では、ひたすら逃げていた。本当の愛に出会いたいと思って、放浪の旅に出ていたけど、奇跡が起きて、大事な人に出会えたから大事にしたい。だから彼が大事にしてるものも大事にしたいから、彼の子供も大事。みんな大事でしょ。彼の奥さんも大事になっちゃう。彼の奥さんが泣いて別れたくないって言ったら別れなくてもいいんじゃない? って言うね

 つい先日のこと。山梨へ旅行した帰りの道中で、由美子と真一は、地元で有名なケーキ屋さんに立ち寄ることにした。二人は、テラスで仲睦まじくケーキを分け合って食べた。その姿は、かつて由美子が喉から手が出るほど欲しかった、どこにでもいる仲睦まじい普通の夫婦のようだ。しかし、二人は夫婦ではない。

 由美子は、いたって自然なそぶりで、4人分のケーキを注文した。そして、お土産といって、真一にそっと持たせた。

「これ、奥さんと子供に、お土産、持っていきなよ。喜ぶよ」

 真一は、「あぁ、そう、いいの?」と白い紙包みをさりげなく受け取ったそうだ。

 それは、由美子にとって、罪悪感や罪滅ぼしなどという薄っぺらいものではない。彼が愛する者は自分も愛するという、由美子ならではの「博愛」なのだ。

 不倫相手が持たせたケーキを、何も知らずにうれしそうに頬張る、一家だんらんの風景――。そんな真一の家族の姿を思い浮かべて、私は少し胸が切なくなったが、この世の中には知らなくていいこともきっとあるのだ。

 私たちは愛のない相手と結婚してしまうことがある。愛がなくてもセックスはできるし、子供も生まれてしまう。私たちはちょっとしたボタンの掛け違いで人生が行き詰まったとき、救いの手を差し伸べてもらいたくて誰かにすがることがある。それが意図せずして「不倫」という状況をもたらしてしまうこともあるだろう。

 由美子と真一がたどり着いた今の関係性は、まさにそのような真実の傍証のように思えるのだ。


<筆者プロフィール>
菅野久美子(かんの・くみこ)
1982年、宮崎県生まれ。ノンフィクション・ライター。
最新刊は、『孤独死大国 予備軍1000万人時代のリアル』(双葉社)。著書に『大島てるが案内人 事故物件めぐりをしてきました』(彩図社)などがある。孤独死や特殊清掃の生々しい現場にスポットを当てた、『中年の孤独死が止まらない!』などの記事を『週刊SPA!』『週刊実話ザ・タブー』等、多数の媒体で執筆中。