ストーカーによる凶悪な犯罪がたびたび起きる一方、報道されない規模のストーカー被害も急増中で、2016年の警察への相談件数は2万件を超えているという。さらに注目すべきは、SNSを通じて出会った相手にストーキングされる例が増えていること。ストーカー問題に対処するNPO法人「ヒューマニティ」の理事長で、『ストーカー 「普通の人」がなぜ豹変するのか』(中公新書ラクレ)の著者である小早川明子さんに「ストーカーにならない、させない」ための予防策を聞いた。

SNSの爆発的な普及もあって、ストーカー問題への対応は一筋縄ではいかなくなっている(写真はイメージ)

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 私の事務所には、ストーカー被害に悩んでいる人が毎日のように相談に訪れます。

 警察庁の統計では、ストーカー被害者の男女比は1対9ですが、私のところに来る相談者の内訳は女性と男性がほぼ同数、つまり加害者の半数は女性です。男性加害者がプライベートな場所で暴力性を発揮する傾向があるのに比べ、女性加害者は職場など公的な場所を狙い、押しかけたり罵詈(ばり)雑言を浴びせたりする傾向があり、攻撃性の高さ自体に男女の違いはあまりないと感じます。 

 桶川ストーカー殺人事件(1999年)や三鷹ストーカー殺人事件(2013年)などの凶悪犯罪はメディアで大きく報道されますが、これらはまさに氷山の一角で、ストーカーが引き起こす問題や事件は実に多種多様です。なかには、これまで1500件を超える相談にのってきた私でさえ、「えっ、こんなことがあるの!?」と驚くような事例もあります。そうした例を2つほど紹介しましょう。

ネットで出会い、何度かホテルで会ううちに…

 インターネットで出会った男性からストーキング被害を受けているという女性の相談を受けました。この男性は20代・無職で、ほとんど自宅にいて、性関係の相手を探していました。性関係といってもセックスの相手を求めているのではなく、ただひたすら女性の裸を眺めていたいというのです。それに興味半分で応じたのが相談者でした。彼女は、男性が性的能力に問題を抱えていると思い、同情した部分もあったといいます。何度かホテルで会い、絵描きのモデルのように裸になりました。

 6回目に会ったときに、男性から「交際してほしい」と申し込まれました。女性が「恋愛感情はないので交際するのは無理です。友達ならいいですが」と答えると、「友達でもいいのでずっと付き合ってほしい」と言われ、お互いに住所も知らないので大丈夫だろうと思って、了承しました。

 その後、女性に恋人ができました。「恋人がいるので、もうホテルで会うのはやめましょう」と告げると、男性は「約束が違う。友達にはホテルで会うことも含まれている」と反論、それからは毎日のようにLINEで連絡が入り、無視していると、「裸の写真をネットにアップする」と脅されました。知らないうちにホテルで写真を撮られていたのです。

 それから3年以上も二人はLINEでやりとりを行ったといいます。こうした場合は警察に相談すべきなのですが、写真の存在を恋人に知られてしまう万一の可能性を恐れ、女性は何もできないままでした。このままでは自分はどうにかなってしまうのではないかと不安になり、私のところにやってきました。

 経緯を聞いたとき私は、ホテルで裸を見せる男女の関係を「友達」というのか、と心底驚きました。とはいえ、何かしら手を打たなくてはなりません。

 まず、今後すべての連絡は私を通すようにすると通告させました。次に私が直接、男性に会い、ストーキング行為をやめるよう説得しました。しかし男性は「自分こそが被害者である」と主張し、写真を使った脅迫もやめようとしません。私は「あなたのしていることはストーカー規制法違反であり、今後、彼女の写真が1枚でも、一部でも世の中に流れたら、刑事と民事の両方で徹底的に闘う」と宣言しました。しばらくは私に対しても執拗なメールでの攻撃が続きましたが、やがてストーカー行為はなくなりました。

会社の取引先の男性にストーカー行為をしてしまった女性

 次の例は、別の女性からの相談です。会社の取引先の男性から誘いを受け、たびたび食事に行くようになり、やがて毎月のようにホテルに行く関係になりました。しかし、寝るときに裸になって接触はするけれど、セックスはしないというのです。不安になった女性が「私たち、交際しているの?」と聞くと、「考えたことないなぁ、セックスしていないからなぁ」とはぐらかされます。

 そんな関係が3年も続いたある日、男性が別の女性と食事をしているのを知りました。女性がそのことを咎(とが)めると、「付き合ってもいないのに、勝手なことを言うな」とひどく怒鳴られました。それから女性は男性に毎日、LINEで文句を言うようになり、ブロックされると会社で待ち伏せをするようになりました。警告を受けても接触を繰り返し、ついに身柄を拘束されるに至ります。

 私のところに相談に来た彼女は「逮捕されて目が覚めました。相手は既婚者だったかもしれないし、浅はかでした。ただ彼のことをまだ好きなので、無関心になるためにカウンセリングを受けたいのです」というので、対応することにしました。

人間関係の「自明の理」が大きく崩れてしまっている

 それにしても、私たちがこれまで人間関係において「自明の理」と思っていたことが大きく崩れてしまっていることに驚かされます。いま挙げた以外にも、「恋人に毎日メールをしたら、ストーカー呼ばわりされた」と相談に来た男性がいましたが、よくよく聞くと、相手とは会ったこともなく、一度ファンレターに返事が来たアイドルの卵のことを、『恋人』と呼んでいたということもありました。

 また、「ネットでやり取りしていただけで顔も知らない相手から、突然、結婚を申し込まれました。放置していたら、自宅を教えたこともないのに、“いま最寄り駅まで来ている”と連絡があり、怖くて相談にきました」という女性もいました。

 SNSの爆発的な普及もあって、人と人のつながり方はどんどん複雑になってきています。それに伴い、ストーカー問題への対応も一筋縄ではいかなくなってきました。

 そんな時代だからこそ大切なのは、ストーカーにならない、させないという予防です。読者の皆さんに、交際を始めるとき、交際中、そして別れるときに、心がけておいてほしいことがあります。

「ストーカーにならない、させない」予防策とは

 交際を始めるときには、

(1)お互いは相手にとってどういう存在なのか(恋人、セックスフレンド、ファン、師匠、ビジネスパートナーなど)

(2)それぞれが大事にしていることは何か(仕事、家庭、音楽、一人だけでいる時間など)

(3)これをされたら終わりだという嫌なことは何か(暴力、携帯の盗み見、親の悪口など)

 を確認してください。

 とくに重要なのは(1)です。医者と患者、ジムのインストラクターと利用者、ホストと客などは、「個人的にも親密な関係だ」「相手は私に好意を持っている」と一方が勝手に思い込むことも多く、ストーカー行為につながりやすいからです。

小早川明子=著『ストーカー 「普通の人」がなぜ豹変するのか』(中公新書ラクレ) ※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 交際中に気をつけてほしいのは、「金品の貸し借りをしない」「過去の異性関係は言わない、聞かない」「リベンジポルノを防ぐため、そういう写真や動画を撮らせない」などです。

 相手と別れようと思ったときには、

(1)会う回数を減らしていく

(2)電話は避けて連絡はメールかLINEにし、第三者に読まれても大丈夫なことだけを書く

(3)ニックネームではなく名字で呼ぶ

(4)別れを告げたあとは決して会わない

(5)相手の所有物はどんなものでも捨てない

 を守るようにしてください。

 あるクラブのナンバーワン・ホステスは私にこう言いました。「お客様には、普段は恋人であるかのように接するけれど、ときどき“これは恋愛じゃないけど大丈夫?”と釘を刺すようにしています」。こうした一言が大事なのです。ストーカー被害を受けないためにも、自分を守れるのは最終的には自分だけだ、ということを肝に銘じていただければと思います。

(文/小早川明子)

<筆者プロフィール>

小早川明子◎1959年愛知県生まれ。NPO法人「ヒューマニティ」理事長。ストーカー問題、DVなど、あらゆるハラスメント相談に対処している。1999年に活動を始めて以来、500人以上のストーキング加害者と向き合い、カウンセリングを行う。