藤井聡太六段

 羽生善治永世七冠の誕生、超新星・藤井聡太六段の躍進……今、将棋界が沸きに沸いている。

 永世七冠を達成した羽生竜王には、“歴史に刻む偉業で、社会に明るい希望と勇気を与えた”と、先月、国民栄誉賞が贈られた。棋界での受賞は初だ。

 ただ、将棋に明るくないと“どのくらいすごいのか”はピンとこない……。

相撲に例えると

「将棋界では竜王戦、名人戦などが重要なタイトル戦です。今まではずっと7つだったのですが、昨年、叡王戦も加わって“8大タイトル”になりました。多くの棋士にとって、タイトル獲得は大きな夢。それを目標とし、日々しのぎを削り合い、腕を磨いているわけです」

 とは、日本将棋連盟の理事を長く務めた青野照市九段。乃木坂46メンバーであり、NHK Eテレ『将棋フォーカス』の司会も務めている伊藤かりんさんは、

「“永世称号”は、それぞれのタイトルによって、得られる条件が違います。5期連続、通算10期など。羽生永世七冠の偉大さは、雲の上どころじゃないレベルです」

 さらに、将棋ライターの松本博文さんは、こう説明する。

「よく将棋は大相撲にたとえられます。タイトルを1回獲得するのは、大相撲だと本場所で優勝するようなイメージ。羽生さんは25歳のときに“七冠同時制覇”を達成していますが、後にも先にもこの人、この時だけ。当時はよく、大相撲の年間全場所優勝にたとえられました」

 7場所連続優勝は、歴代でも朝青龍しかいない。白鵬や大鵬ですら6場所だ。

「さらに羽生永世七冠は、今までに99回タイトルを獲得しています。これは、年間7回本場所がある中で、99回優勝したようなもの。大相撲では白鵬関が前人未到の40回優勝を記録していますが、羽生永世七冠も、それに優るとも劣らない記録だと思います」

 青野九段も、

「現役棋士で、羽生永世七冠に次ぐタイトル獲得回数は、谷川浩司永世名人の27回。70回以上も違うんです。ひとつでも永世の称号を得られれば将棋史に残る偉人。永世七冠は、オリンピックで何大会も連続で金メダルを取り続けるような信じられない偉業です

 でも、相撲より将棋は競技人生が長いのでは?

「一般的に棋士の全盛期は、20代から30代半ばです。ピークを過ぎた力士が本場所で優勝することが難しいように、将棋も40代以降になるとタイトル獲得は極めて難しい。羽生永世七冠は47歳にして竜王と棋聖を保持し、その輝きはいっこうに失せません」(松本さん)

 50代の九段と伸び盛りの20代の五段が対局した場合、前者が勝つとは必ずしも限らない。

「極端な話、将棋は強ければ小学生でもプロになれます。年齢やキャリアがものをいう世界ではなく、すべてが実力。それも魅力だと思います」(伊藤さん)

 勝ち続けることが難しい棋界において、次々と記録を塗り替え、ついには日本将棋史でただひとりの“永世七冠”となった羽生竜王はいわば将棋の生き神様。

羽生永世七冠は千代の富士、藤井五段は貴花田

「年間勝率が高い棋士はたくさんいますが、2000局以上戦っていて、現在まで生涯勝率が7割を超える棋士は、羽生永世七冠だけ。同年代の名人経験者とは勝率が1割近く違います」(青野九段)

 羽生永世七冠の偉業は戦績だけにとどまらない。

「現在は公開対局が増えましたが、昔は非公開が当たり前でした。タイトル戦の公開対局の先駆けとなったのが、羽生永世七冠。約30年前、竜王戦に挑戦したときからです」(松本さん)

 さらに羽生永世七冠は、ファンサービスでも棋界に新風を吹き込んだ。

「タイトル保持者と挑戦者を交え、ファンが交流できるタイトル戦の『前夜祭(※1)』も、羽生永世七冠が率先してファンと触れ合っています。七冠独占の羽生ブーム('96年)のとき、彼は開かれた棋界を目指し、イメージを変えるべく尽力した。そういう点でも時代の寵児なのです」(青野九段)

 2月17日『朝日杯将棋オープン戦』の準決勝。羽生善治永世七冠と藤井聡太五段(当時)が公式戦で初めて戦った。

「将棋界のイメージを変え、伝説的な記録を打ち立て、国民栄誉賞も受賞したという意味で、羽生永世七冠は千代の富士のような存在といえます。対して、藤井五段は貴花田(当時)のような存在。まさに世代交代を告げるべく登場した、新世代の天才です」(松本さん)

 勝利したのは藤井五段。決勝では広瀬章人八段をも下し、自身初となる棋戦優勝。同時に、史上最年少での六段昇段も決めた。

「決して運よく、相手に恵まれたわけではありません。2回戦では佐藤天彦名人とも当たっています。すべてトップ棋士に正面から当たったうえでの優勝です」(青野九段)

「“中学生に負けるほど棋界のレベルが落ちた”わけではありません。近年は将棋ソフトの台頭もあり、むしろ棋界のレベルは年々上がっています。藤井六段だけ、別次元の才能が感じられるんです」(松本さん)

 藤井六段は、まだ中学3年生。'15年10月に14歳2か月でプロ棋士(四段)となり、62年ぶりに“最年少棋士記録”を更新した。“神武以来の天才”と呼ばれたあの加藤一二三九段よりも5か月早い。その後、デビューから無敗のまま歴代最多連勝記録(29連勝)を樹立したのは記憶に新しい。2月1日には五段に昇段、たった16日後には史上最年少で六段に。

「そもそも棋界は才能ある人々の集まりですので、私はできるだけ“天才”という言葉は使わないようにしています。でも、藤井六段だけは、間違いなく天才です」(松本さん)

タイトル獲得は時間の問題

 いったいなぜ、そこまで強いのか?

彼は、将棋のルールを用いたパズル“詰将棋”でも非凡です。小学校6年生のときに『詰将棋解答選手権』でプロのトップ棋士らをのきなみ抑えて優勝しています。12歳でプロ棋士以上の計算能力を持っていたということです」(青野九段)

 同大会の優勝者は東大に入れるほどの計算能力があるとか!

中学生で奨励会初段になれば“将来の有望株”、同じく三段で“将来の名人候補”と言われます。ところが、藤井さんは中学生にしてすでに六段です。もし、漫画やドラマのシナリオだったら、“やりすぎで設定にリアリティーがない”とダメ出しされるでしょう(笑)。それほど強いんです」(松本さん、以下同)

 藤井六段は、史上5人目の中学生棋士。その先輩は加藤一二三九段、谷川浩司永世名人、羽生善治永世七冠、渡辺明永世二冠……いずれも竜王か名人まで上りつめた逸材だ。当然、藤井六段のタイトル戴冠に期待が集まる。

「現在、藤井六段は王座戦や竜王戦などに残っています。勝ち進めば秋口の王座戦が最短のタイトルとなります。また、現在勝ち進んでいる竜王戦であと2連勝すれば、昇段規定を満たして、5月ごろには七段に昇段する可能性もあります」

 現在のタイトル獲得最年少記録は、棋聖戦を制した屋敷伸之九段の18歳6か月だ。藤井六段は15歳7か月。まだ3年近くある。さらに、青野九段はこう語る。

「デビュー間もないころの羽生さんは粗削りでした。序盤は不得意で、つけ入る隙があったんです。ところが藤井六段は序盤・中盤・終盤と完成されていて隙がない(苦笑)。若くして完成されすぎてることが、逆に若干の不安要素かもしれません。それでもタイトル獲得は時間の問題でしょう」

 誰が藤井六段を阻むのか? 盤上のドラマは、さらに盛り上がること必至だ。

教えてくれた人
青野照市九段◎棋士。師匠は広津久雄九段。21歳で四段昇段。トーナメント戦で5回優勝。公益社団法人日本将棋連盟の理事を長く務めた。『9マス将棋』の考案者でもある

松本博文さん◎将棋中継記者、ルポライター。東京大学将棋部OB。在学中より将棋書籍の編集に従事。『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)など著書多数

伊藤かりんさん◎『乃木坂46』メンバー。『将棋フォーカス』(毎週日曜10時〜NHK Eテレ)の司会を務めて3年目。アマチュア1級。シングル『シンクロニシティ』は4月25日発売

※称号や段位などは'18年3月1日現在

※1タイトル戦開催地のホテルなどで行われている。詳細は、日本将棋連盟のサイト(https://www.shogi.or.jp/)で