テレビを見ていて「ん? 今、なんかモヤモヤした……」と思うことはないだろうか。“ながら見”してたら流せてしまうが、ふとその部分だけを引っ張り出してみると、女に対してものすごく無神経な言動だったり、「これはいかがなものか!」と思うことだったり。あるいは「気にするべきはそこじゃないよね〜」とツッコミを入れたくなるような案件も。これを、Jアラートならぬ「オンナアラート」と呼ぶことにする。(コラムニスト・吉田潮)
ドラマ『ホリデイラブ』でハマリ役を好演する松本まりか

 

オンナアラート#10 松本まりか

 今期ドラマで、最も強烈な薄気味悪さを発揮している女は誰か。

 間違いなく、テレビ朝日の金曜ナイトドラマ『ホリデイラブ』(毎週金曜よる11時15分)の松本まりかである、と断言する。甘ったるいのに妙にメリハリのあるアニメ声、ゆる巻き上品ロングヘア、色は盛らないナチュラルメイク、手の甲まですっぽり隠すふわふわニット、白やピンクを基調にしたファッション……「モテ」と「男ウケ」を意識した、わかりやすい見本と思うのだが、とんでもねえホラー級の女なんだよ、これが。

 ホラー女優と言えば、むしろ主演の仲里依紗だ。キュートなエロスと、悪意や殺意といった負の感情を具現化する手練れの女優なのだが、今作では「浮気される妻=サレ妻」を演じている。そもそも、里依紗見たさに観始めたはずなのに……。

 前半は、単身赴任中の夫・塚本高史に浮気され、怒りと悲しみを表現する里依紗に見入っていたのだが、途中から塚本の浮気相手である松本まりかが私の心に棲みついた(あ、別のドラマになっちゃう!)。とにかく、まりかの「陶酔系妄想」が恐ろしくて仕方がないのだ。

 まりかの人物設定としては、こうだ。貧しい母子家庭に育ち、貧困から脱出するために、金持ちエリートである中村倫也と結婚。二人の子を授かるも、夫のモラハラに苦しめられている。夫からは「バカだ、貧乏だ、俺が救ってやったんだ」と罵られる日常。子供は可愛いが、夫婦生活には絶望感しかない。

 そこで狙いを定めたのが、里依紗の夫で、人畜無害な優柔不断系男の塚本だった。わざと倒れてしなだれかかり、塚本の心と身体と生活を侵食していくまりかの手法に、全国の女性たちはザワザワ。「なんだ、この女は!」と、嫌悪感を抱いたはず。

 ところが、である。まりかの恍惚とした表情に、徐々に引き込まれていく。この女、タダモノじゃないぞ、ただのゆるふわ上昇志向で終わらないぞ、と気づくのだ。

 そもそも、まりかには浮気相手の塚本を自分の家に連れ込んでセックスしちゃう大胆さがあった。

 そして、塚本の妻になることを勝手に妄想し、とろけるような笑顔で自分の世界に入り込む気味悪さ。罠を仕掛けて、なんとか塚本をつなぎとめようとする腹黒さ。色気で迫って落とそうとするも失敗、それでもくじけない鋼のメンタル。モラハラ夫に見切りをつけて、塚本略奪へと向かうしたたかさ。

「これはもうプロの仕業じゃねーか」とオンナアラートが鳴りまくり。ふと気が付いたら、まりかの虜である。

組織犯罪か、狂気の沙汰か

 ただの浮気だけなら、嫌悪感だけで済む。ゆるふわ女に気をつけろ、と夫の尻を叩いて済む。ところが、まりかにはすべてが計画的犯行のフシがある。塚本にツバつけたのも、塚本の会社にまでパートで入ってきたことも、里依紗に若い男をあてがったのも、里依紗のニャンニャン写真(古いな)をばらまいたのも、すべてはシナリオに基づくものだったとわかる。もうね、これ、プロの犯罪ですよって。

ドラマ『ホリデイラブ』

 人心掌握に情報操作、家族を乗っ取ろうとする企みは、もはや詐欺と脅迫。もし自分の夫がこの手のプロに狙われたのだとしたら、法的解決を目指して、本気出して闘わねばならない。早めに録音や録画で証拠を残して、弁護士と興信所を探さねばならない。

 あるいは、まりかの異様な固執と妄想癖と虚言癖は病的ともとれる。常軌を逸した狂気とは、どう闘ったらいいのか。相手は病気ですよ、と言ってもらちが明かない。まりかの夫も半ば突き放しているわけだし、誰に助けを求めたらいいのか。

 つまり、効果的な対処法がまったく思い浮かばない。そういう意味で、まりかはホラー。現代のホラーに、怪奇現象や幽霊は必要ない。強欲な女がひとりいれば、たちまち日常がホラーとなるわけだ。

 もちろん、まりか以外に糸を引いていると思わせる壇蜜の存在も気になる。絶妙なうさん臭さで里依紗に近づき、まんまと遠隔操作に成功する。お人好しというか、脇が甘すぎる里依紗&塚本に、イライラしながらも、この手の女たちにどう立ち向かうべきかを冷静に考えちゃう。

キュッパ感漂うまりかに切なさも

 ま、そこまで真剣に考えるほどのドラマじゃないんだよね。とにかく、不倫の代償をどう払っていくか、夫婦が再生を目指すっつう心温まる結末になるんだろうなと、片尻上げて放屁するくらいの気持ちで見続けている。

 おそらく、最後まで報われないであろうまりかに対して、やや切ない気持ちになる自分もいる。なんていうか、まりか、キュッパ感(1980円とか2980円という意味)が強いからだ。金持ちエリートの妻になったわりに、高級感やセレブ感が滲み出てこない。

 どことなく漂うキュッパ感が、貧乏くさくて切ない。まりかが生き延びてきたこれまでの人生は、ドラマの中ではそんなに映し出されていないのだが、勝手に思いを馳せてしまう。

 女友達が少ないせいか、服や持ち物で女に値踏みされる経験をしていない。男ウケだけ考えるならば、高級ブランドよりも安価な服でセクシーや可愛げを演出できれば充分。ひらひらでふわふわの白かピンクさえ着てりゃ、男は「女らしい」と思ってくれる。高いものは絶対に自分で買わず、男に買わせるのが当然。それが自分の価値と信じてやまず。

 そんな妄想までさせるのは、すべてキュッパ感のせい。演出的には大成功ですよ、これ。ともあれ、松本まりか、すごいよ。今後も、ドラマでの暗躍と跳躍を祈る。


吉田潮(よしだ・うしお)◎コラムニスト 1972年生まれ、千葉県船橋市出身。法政大学法学部政治学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。医療、健康、下ネタ、テレビ、社会全般など幅広く執筆。テレビ『新・フジテレビ批評』(フジテレビ)のコメンテーターも務める。また、雑誌や新聞など連載を担当し、著書に『幸せな離婚』(生活文化出版)、『TV大人の視聴』(講談社)ほか多数。新刊『産まないことは「逃げ」ですか?』に登場する姉は、イラストレーターの地獄カレー。公式サイト『吉田潮.com』http://yoshida-ushio.com/