バリバリ働いてきた女性は、定年退職後に孤独に苛まれるかもしれない

 5月1日、アメリカで、孤独に関する調査が発表され、話題になった。医療保険大手企業が2万人を対象にして行ったもので、調査対象の46%が「孤独はもはや疫病の域に達している」と結論づけられた。中でも、18歳~22歳の若年層が最も孤独、その次に、23-37歳と続き、72歳以上の高齢者の孤独度が最も低いという意外な結果だった。

 日本の中高年男性が孤独になりやすい現状やその危険性について、筆者は著書『世界一孤独な日本のオジサン』で警鐘を鳴らしてきたが、孤独はオジサンだけの問題ではない。「日本の子供は世界一孤独」というデータもある。

マツコ・デラックスさんの指摘

 そもそも、オジサンやオジサン予備軍の男性を想定した本だったが、意外にも女性からの反響がとても大きい。夫が、父がまさに孤独、もしくは孤独になりそう、と心配する人が多いのだが、一方で、自分自身も孤独になるのでは、という不安の声もよく耳にする。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 タレントのマツコ・デラックスさんが、4月9日放送の「5時に夢中!」(TOKYO MX)の中で、「コミュニケーションをとるのが仕事関係だけに限られる」と、男性の孤独問題に触れ、「男性が、仕事をやめて急に孤独になるって人が多かったと思うんだけど、同じことがこれから、女性にも当てはまってくると思う」とコメントしていた。

「専業主婦やパート勤めぐらいの女性は、近所や周りのコミュニティと交流してうまくやってきた」が今はそうではなく、「女性も社会進出して、昔の男性のような生活スタイル」をしており、「ずっと仕事ばっかりしてきた女性は、学生時代の友人関係も切れてしまい、コミュニケーションを取りづらくなってきている」と指摘した。

 まさに正鵠を得た洞察で、筆者の身の回りでも、同様の悩みを抱えるキャリア女性が山といる。

 その典型例は以下のようなものだ。

粉骨砕身、仕事優先の生活

 外資系企業で働く50代半ば。仕事一筋で、人生を歩み、役員にまで昇格した。一度結婚をしたが、忙しさによるすれ違いで、離婚し、現在は一人暮らし。人に羨まれるほどの年収を得て、まさにキャリアウーマンとして大成功を収めてきたが、最近は、忍び寄る孤独の影に得も言われぬ憂いを覚えている。

 男女雇用機会均等法が施行された1986年の直後に、日本の大手企業に入社。あの頃の社会の雰囲気は「女性も、男性に負けじとバリバリ働ける時代がやってきた」という熱気に満ちていた。粉骨砕身、仕事優先の生活。結婚退職していく同期を見て、「これで競争相手が減った」という気持ちを抱いたのを覚えている。日本でも数少ない女性役員にまで上りつめたが、将来の展望はなかなか描けない。これ以上の昇格は難しそうだが、「仕事がすべて」だったので、夢中になれる趣味などもあまりない。

 会社でのコミュニケーションは、上司と部下としての関係性のものがほとんど。気が付けば、胸襟を開いて話すということもなく、社外の人と知り合う機会もほとんどない。

 どうやって、新しい友人など作れるのか、途方に暮れてしまう。自分で意識することはないが、やはり、自分の身分、ステイタスがアイデンティティになってしまっているのかもしれない。肩書のない自己紹介などどうやってできるのか、見当がつかない。男性中心の「会社というムラ社会」の掟にどっぷりつかっているうちに、「自分もオジサン化」してしまったのではないか。

 多くの男性たちと競い合い、その熾烈な競争に勝ち抜いてきたバリキャリ女性から聞かれるのはこうした声だ。

 今、英国をはじめ、世界の多くの国で「孤独」が政治的にも大きな問題になっているが、日本も例外ではない。いや、むしろ日本は世界に冠たる孤独大国だ。

 少子高齢化、過疎化、都市化、核家族化による地縁・血縁の消滅、無縁社会は世界的な傾向だが、特に、日本の場合、独特の会社文化が「孤独化」に輪をかけているようなところがある。会社とは、「鎧を着て、剣と盾を持って戦うところ」と、あるサラリーマン男性が言っていたが、その小さな競争社会の中では、なかなか腹を割って話せる友人などできないし、社外の人とつながる機会もなかなかない。

 学生時代、たった数年一緒に過ごした友人のほうが、何万時間も共にする上司や同僚、部下よりも気心が知れ、つながりやすい、という矛盾がある。

 心理学に、「何度も繰り返して接触することにより、好感度や評価等が高まっていく」という「単純接触効果」というものがある。広告などで繰り返し同じCMなどを見せるのは、消費者の脳裏にいい印象を擦り込もうとするためだが、やはり、多くの時間を過ごせば、人と人との関係性は深まりやすい(逆パターンもあるが)。

 米カンザス大学のジェフリー・ホール教授は、どれぐらいの時間を一緒に過ごせば友人になれるかの実験を行った。導き出されたのは、単なる知人から軽い(カジュアルな)友達になるには50時間、友達になるには90時間、ベストフレンドになるためには200時間かかるという結論だった。

会社では友人関係が生まれにくい

 会社では、きっとそれ以上の時間を一緒に過ごしているはずだが、そこで、友人関係が生まれるという話はなかなか聞かない。

 ホール教授曰く、「ただ一緒にいるというだけではなく、意味のある本質的な会話、コミュニケーションができるかが、人間関係の結びつきに大きく影響する」と指摘しているが、職場は、そうした心の結びつきを形成するコミュニケーションが生まれにくい環境ということだ。

 会社は、人の競争心を巧みに操り、お互いを競わせる排外的なムラ社会、という側面がある。人生の莫大な時間を吸収していながら、絆を生むコミュニケーションが生まれにくい。まさに、「孤独養成装置」のようなものだ。

 人は出世するほど、プライドが積み上がり、共感力を失って、孤独になりやすいという傾向があると言われているが、実際に、女性も、出世するにつれて「オス化」するということはいくつかの研究で実証されている。ミシガン大学アン・アーバー校の研究では、「上司らしくふるまうこと」は女性の男性ホルモンを平均で10%上昇させたという。

 さらに、アントワープ大学の研究によれば、「非幹部職の女性は、『協調性が高い』など、女性の特質的な傾向を示したのに対し、幹部職の女性は、『自己主張をする』といった男性と似た特質を示した」という。「幹部職の男性と非幹部職の男性との間では、特徴・特質的なものに大きな差はなかったものの、幹部職の女性と非幹部職の女性との間の差は男性よりも大きかった」ということも明らかになっている。

 つまり、男性優位のコーポレートカルチャーの中では、女性が男性のやり方に合わせていかざるを得なかったということだ。女性たちは、ある程度の「オス化」を受け入れて、会社の中での生存競争を生き抜く術を学んできた。

元気に活動しているご婦人方は専業主婦出身

 一方で、高齢者の集会などで、元気に活動しているご婦人方は、趣味にボランティアに、スケジュール帳を真っ黒にして飛び回っているが、聞いてみると、専業主婦だった、パートをしていた、学校の先生など専門職だったという人が多い。会社の出世競争や序列文化とは無縁に、子育てをしながら、母親同士のネットワークを広げ、習い事をしながら、フラット(水平的)で協調的な関係性を築いてきた。そうしたつながりを作る機会を持ちにくいバリキャリ女性たちは、男性同様に「孤独」リスクに直面する可能性がある、ということだ。

 女性の活躍やウーマノミクスだのと喧伝されているが、社員に男性優位の会社制度に適応することだけを求めるのではなく、本質的にマッチョで、孤独を生みやすい企業文化を変えていく必要もあるのではないだろうか。

 多くの人がふるさとを離れ、地縁・血縁が薄れていく一方で、新しい「縁」の受け皿となるべき「会社」は人々の多くの時間を吸い上げているにもかかわらず、友情や意味のある関係性が生まれにくい環境になっている。

 人生100年時代、大学を卒業するまでの第一ステージ、会社員としての人生が第二ステージ、退職後を第三ステージとすれば、この第二ステージが最も長いスパンにわたる。この間に、会社はただ、「やりがい」だけを搾り取るのではなく、社員の「つながり」を作る力を養い、第三ステージに備えるマインドセットを醸成していくべきではないだろうか。


岡本 純子(おかもと じゅんこ)◎コミュニケーション・ストラテジスト 企業やビジネスプロフェッショナルの「コミュ力」強化を支援するスペシャリスト。グローバルの最先端ノウハウやスキルを基にしたリーダーシップ人材育成・研修、企業PRのコンサルティングを手がける。これまでに1000人近い社長、企業幹部のプレゼン・スピーチなどのコミュニケーションコーチングを手掛け、オジサン観察に励む。その経験をもとに、オジサンのコミュ力改善や「孤独にならない生き方」探求をライフワークとする。2018年2月、角川新書より『世界一孤独な日本のオジサン』を出版。読売新聞経済部記者、電通パブリックリレーションズコンサルタントを経て、株式会社グローコム代表取締役社長。早稲田大学政経学部政治学科卒、英ケンブリッジ大学院国際関係学修士、元・米MIT(マサチューセッツ工科大学)比較メディア学客員研究員。