高プロの強行採決を前に抗議集会が各地で繰り広げられた

 安倍政権が「今国会の最重要課題」と位置づける働き方改革関連法案が5月31日、衆議院で可決された。これに過労死の遺族から抗議の声が上がっている。長時間労働で身体をこわしたり亡くなったりしても、自己責任とされかねない仕組みが含まれているためだ。

恐怖の“残業代ゼロ法案”

 その名は「高度プロフェッショナル制度」(以下、高プロ)。『全国過労死を考える家族の会』代表の寺西笑子さんは、衆院厚労委員会で参考人として意見陳述した際、「命にかかわる危険な働き方の創設を認めることはできません」と廃案を強く訴えた。

 一方で政府は、「成果で報酬が決まり、成果を上げれば早く帰宅できる」「自由で柔軟に働ける」と高プロのメリットを喧伝している。

 いったいどういう制度なのか。ジャーナリストで和光大学教授の竹信三恵子さん(労働社会学)が指摘する。

「働く人の生活や健康、命を守るため、労働時間に歯止めをつけているのが労働基準法です。会社が1日に働かせていいのは原則8時間まで、残業や休日出勤があれば割り増し賃金を支払い、週1日は休日をとらせなければなりません。

 ところが高プロの場合、特定の条件を持つ人に、これらの規制をほぼすべて適用しなくていいと定めています

 働く人たちから“残業代ゼロ法案”“定額・働かせ放題”と批判を集めるゆえんだ。

「2014年に自民党を含む超党派で過労死防止法を作りながら、他方で、今回のように過労死を助長する危険性をはらんだ法案を出す。それも個別に出すのが本来のやり方ですが、8つの法案をまとめて出して、一括審議されています。そのため、まともに議論ができていません」

 そう話すのは過労死の問題に詳しい、関西大学名誉教授の森岡孝二さん(企業社会論)。高プロを「過労死促進法」と言ってはばからない。

「給与と成果が結びつく制度であるとは、法案のどこにも書かれていません。ですが、仕事の達成度や実績が今まで以上に厳しく追及されることは予想できます」(森岡さん)

 高プロの対象は2つ。まず、平均年収の3倍をかなり上回る労働者であること。具体的には年収1075万円以上を想定している。かつ、高度な専門職が対象で、アナリストや金融ディーラー、研究職が代表例。特別な人だけが対象のように思えてしまうが、

「年収は見込み額で、実際に支払われた額ではありません。1075万円以上の年収に相当する時間給なら非正社員にも高プロを適用できます」(竹信さん、以下同)

 何をもって高度な専門職とするのか、基準は曖昧だ。

「法律に具体的な年収や職業が書かれるわけではなく、厚労省が省令を出して決定します。つまり、国会審議を通さないで年収要件を引き下げたり、職業の対象を広げたりできるということ

 森岡さんは、「当初は13業務に限られていた労働者派遣法が、改正されるたびに対象を押し広げられていったように、高プロも徐々に条件がゆるめられていく可能性は十分にあります」と、くぎを刺す。

 現に’15年、当時の塩崎恭久厚労相は、高プロについて「小さく産んで大きく育てる」と発言している。乱用のおそれはぬぐえない。

24時間労働も可能に

 悪用されるリスクもある。

「ブラック企業対策弁護団の佐々木亮弁護士がこんな試算を出しています。前述のとおり、高プロでは休みを取らせることは義務ではありません。しかし生身の人間ですから、疲れたら休みます。

 それを悪用して、年収1075万円見込みとして高プロを適用させ、休憩や週1日の休みを取るたびに欠勤控除として、時給換算で差し引いていく。それを労基法のもとに計算し直すと、年収357万円になるというのです」(竹信さん、以下同)

 これではブラック企業のやりたい放題になってしまう。歯止めはあるのだろうか?

「年104日、4週間で4日以上の休日を入れる決まりです。ただ週休ではないため、例えば月の初めに4日間の休みをとらせて残りを毎日24時間、連続で働かせることも理論上はできてしまいます

 加えて、健康確保措置が定められているものの、4つの項目から1つを選ぶ仕組み(最終ページのまとめ参照)。

「経営者はいちばん負担の軽い、健診の受診を選べばいいだけ。実質的な効果は望めません」

 適用には本人の同意を必要としているが、

「企業の力が強い日本の労使関係では、労働者はNOと言えない。ほとんど意味をなさないと思います」(森岡さん)

高プロの強行採決に対する抗議集会の様子

 高プロへの道は今に始まったことではない。’05年にはその前進とされる『ホワイトカラーエグゼンプション』(以下、WE)に関する提言を経団連が発表している。そこでは、年収400万円以上の労働者が対象だった。

 WEは’07年、第一次安倍政権で国会へ提出されかけたが、反発が強く見送られた。’13年、第二次安倍政権が発足すると、首相は国会の所信表明演説で「世界でいちばん企業が活躍しやすい国を目指す」とのスローガンをぶち上げた。

「企業が活躍しやすい国にすることと労働時間制度は一体です。その中で登場したのが高プロ。WEを焼き直しして、働き方改革を看板にすげ替えたのです」(森岡さん、以下同)

危険なのは高プロだけではない

 働き方法案には、高プロのほかにも、過労死のリスクをはらむ内容が含まれている。

「月45時間までを残業の上限としながらも、納期がひっ迫しているときなどを特例に、月100時間、2~6か月で80時間まで認めています。これらは過労死ラインと呼ばれる時間帯。規制すると言いながら抜け穴を作っています」

 働き方改革を「壮大なトリック」と呼ぶ竹信さんは、次のような懸念を隠さない。

「今まで一律だった労働基準法に適用しなくてもいい人を作り出すわけですから、高プロのもと、働く人は天国と地獄に二極化していくおそれがあります。政府がいう柔軟な働き方とは、必要なだけ柔軟に働かされて、帰れないということ。

 高プロが女性に適用されたら、保育園のお迎えに間に合わなくなる事態も出てきます。長時間労働できない女性はますます非正規に流れていき、短時間のパートをかけもちせざるをえない。

 夫も帰って来られないのでワンオペ介護や育児に拍車がかかりますし、女性の貧困も進むのでは?残業代がないので会社は労働時間に無頓着になります。これからは手帳に労働時間を記録して、過労死に備えることは必須です」

 食い止めるなら今しかない。

働き方改革関連法案の主な内容とポイント

◎高度プロフェッショナル制度の創設
→労働基準法を改正
・為替ディーラー、アナリスト、研究開発など高度な専門職が対象
・年収1075万円以上が対象
・書面による本人同意や労使委員会の決議が条件
・本人同意の撤回手続きを明記(修正で追加)
・健康確保のため年104日、4週で4日以上の休日を確保

加えて、以下4つのうち、いずれかを選択
 (1)勤務間インターバル(後述)
 (2)働く時間の上限設定
 (3)連続2週間の休日確保
 (4)残業80時間以上で健康診断
・残業代、深夜・休日手当が支給されない
・労基法の労働時間規制が適用外に

◎残業時間の上限規制
→労働基準法を改正
・原則として残業時間を月45時間、年360時間以内に規制
・特例として1か月100時間未満、2~6か月で80時間以下、年720時間までの規制を設ける
※適用は年6回まで
・違反した企業には罰則を科す

◎裁量労働制の適用拡大:国会提出前に法案から全面削除
→労働基準法を改正
・実際に働いた時間にかかわらず、あらかじめ設定した労働時間を働いたとみなされ、一定の賃金しか払われない裁量労働制の適用対象を企業が相手の営業職にも拡大

◎勤務間インターバル制度の促進
→労働時間等設定改善法の改正
・終業から翌始業まで一定の休息時間を確保するよう企業に努力義務

◎同一労働同一賃金
→パートタイム労働法・労働契約法・労働者派遣法の改正
・正社員と非正規労働者の不合理な待遇差をなくす