小田川が決壊し、屋根付近まで水に浸かった岡山県倉敷市真備町地区の住宅=7日

 14府県で200人以上の死者を出した西日本豪雨。7割以上の死因が窒息死と溺死、つまり土砂崩れや堤防決壊による被害とみられる。

 堤防が決壊し、4000棟以上が浸水する被害を受けた岡山県倉敷市真備町。溺死が約9割にのぼったという。

 倉敷市が作った自然災害に備えたハザードマップは、真備町の水害の危険性を示していたという。

 立命館大学環太平洋文化研究センターの高橋学教授は、

「真備町の水害ですが、もともと湖のような場所で、水没しやすいと指摘するのは簡単です。しかし、あなたの家からどのように逃げればいいのかちゃんとアドバイスする地図になっていない。なっていれば助かった人もいるはず」

 と不備を指摘。

本来ハザードマップは、避難場所が安全だという保証と、そこに逃げる道が確保できるというのが最低条件です。その2つの最低条件を満たしていないハザードマップが出回っているのが現状です」

 ハザードマップは、自治体などが作る。最低条件を満たしていないそれが自治体によって発信されているとはにわかには信じがたいが、倉敷市防災危機管理室の担当者の証言が、高橋教授の訴えを裏づける。

「避難に使用する経路について、市役所としてはこの道を通って避難してください、ということではなく、浸水エリアから高台へ、川から離れるようにということですね。その際のルートに関しては、ないですね」

 担当者は避難ルートを明記してなかったことを、そう率直に認めた。

 前出・高橋教授はさらに、

「端的に申し上げますと、ハザードマップを作れる人がいないということです」

 と災害の専門家不足も指摘する。その理由として、日本が大きな災害に見舞われなかった幸せな時代が存在したことをあげる。

「1959年に伊勢湾台風で約5000人の方が亡くなって以降、’95 年の阪神・淡路大震災まで、小規模な災害はありましたが、大きな災害がなかったんです。日本は高度経済成長に入り、消防署でも大学の教育システムでも、災害教育がなされなかった。

 そういう背景もあり、市役所などで配られているハザードマップを作る能力のある人がいない。すると委員会などを立ち上げて誰かに依頼する。大学の先生でも、ハザードマップを作れる教員は、日本に数人しかいません」

 要は人材不足がたたっているということ。さらに、専門家がシビアに危険な地域を警告することは市役所に喜ばれず、住民にも“土地の値段が下落する”と煙たがられるという背景もある。

土壌の悪いところが避難場所になっているケースも

 避難場所に指定された場所が、本当に安全地帯にあるかどうかも疑問だと、前出の高橋教授が再び口火を切る。

公民館、体育館、学校は避難場所になっています。宅地開発の際には、土壌の悪いところはだいたい広く空いていて、そこが学校か公民館になりがちです。

 昭和20年代(’45年~’54年)までに建てられた伝統校は、よい土地に立っているんですよ。第二次ベビーブームのためにできた学校は、大概よい土地には立っていません。そういう場所が避難場所になっている。

 基本的に地震で危ないところは、洪水でも危ないです」

 一部の具体例を前出・高橋教授が指摘する。

 岐阜県岐阜市学園町。もともと長良川が流れていた土地だが、今は保育園、幼稚園、小学校、中学校、高校、養護学校が並んでいる。ハザードマップの指定は“避難場所”。

 京都の鴨川や桂川の河原に立つ学校も“避難場所”になっているが、洪水がきたらひとのみにされる。

 愛知県で避難場所に指定されている高校も、そこは昔、庄内川が流れていた場所だった……。全国至る所に安全とはいえない避難場所はある。

東京都板橋区浮間船渡付近(写真左)と井の頭公園付近(同右)。雨で水没する可能性のある部分を水色にしている(提供:高橋教授)

安全か見極めるために必要なのは“土地の履歴を知ること”

 どこが危険でどこが安全か見極めるために、前出の高橋教授が提唱するのは“土地の履歴を知ること”──。

「岡山から広島、山口にかけては、花崗岩(かこうがん)でできている山があります。墓石に使う石ですが、すぐにボロボロになる石です。そのような山から焼きものづくりのために木を切ってしまうと、禿山(はげやま)になり、雨が降れば当然崩れます。実際、広島では何度も土石流が起き、土石流扇状地という土地ができています。周囲より少し高台になっているので、ハザードマップには記されず、そこに家を建てる人がいます。

 土地の履歴を知っていれば住まない場所に住み始めたのが’70年くらいからです」

 土地の履歴を知ったうえで、自治体が作ったからといってハザードマップをうのみにせずに批判的な目でみることが、個人としてできる対策になる。

西日本豪雨では避難のタイミングが遅すぎた

 避難勧告、避難指示を住民に伝えるのも、自治体の判断だ。住民はそれに従い行動するが、今回の西日本豪雨でも、

「避難のタイミングが遅すぎます。それでは避難の途中で洪水にのみこまれてしまう。ちょっと早すぎるに越したことはないんですよ」

 と前出・高橋教授。

 岡山県真備地区では、2度にわたり避難が呼びかけられた。前出の倉敷市防災危機管理室担当者は、

「避難勧告は7月6日の22時です。次の避難指示ですが(のちに堤防が決壊する)小田川の南側が7月6日23時45分、北側が7月7日午前1時30分というところですね」

 いずれも深夜から翌日未明にかけて。この対応には、前出・高橋教授はあきれる。

「避難は明るいうちに。夜中ではおじいさんやおばあさんは寝ていますよ。

 真夜中に避難指示を出されても、停電になってしまえばそれこそ真っ暗、雨は土砂降り、どの道が通れるのかわからない。そんな状態で避難はできないですよ。

 災害に巻き込まれた人は、今、自分たちが安全なところにいるか、危険なところにいるかわからないんです。テレビなどでは、気をつけて避難してください、などと呼びかけますが、現地の状況がわかっていないので、一般論しか言えないのです」

 国土交通省は、全国に約66万か所にのぼる土砂災害警戒区域があるとみている。最多は、今回の豪雨被害を受けた広島県で約5万か所。国は2019年度末までに、都道府県に対し、危険箇所の基礎調査を終えるように求めている。 国や自治体任せではなく、その土地に住むならば“いざ”という時に逃げることのできる経路と安全な避難場所を見つけておくことは必須だ。