古舘プロジェクト所属の鮫肌文殊、山名宏和、樋口卓治という3人の現役バリバリの放送作家が、日々の仕事の中で見聞きした今旬なタレントから裏方まで、TV業界の偉人、怪人、変人の皆さんを毎回1人ピックアップ。勝手に称えまくって表彰していきます。第53回は山名宏和が担当します。

松尾貴史 様

 今回、勝手に表彰させて頂くのは松尾貴史さんである。

松尾貴史

 松尾さんは僕が放送作家幼生期からいろいろと親しくさせて頂いている方なので、あらためて褒めるのも照れくさく、ここに取り上げるのは避けてきた。鮫肌文殊さんも同じだと思う。鮫肌さんにいたっては、松尾さんは彼を東京に呼んでくれた恩人なのだから。

 それなのに、今回、勝手に表彰させて頂くことにしたのは、松尾さんが出演中の舞台、二兎社公演『ザ・空気ver.2 誰も書いてはならぬ』(全国ツアー中、9月2日まで)を観たからである。これまで松尾さんが出演する舞台は数々観てきたが、今回の役どころは、僕が知る限り最高のはまり役だった。

 官邸記者クラブの記者たちと総理官邸を巡る騒動を描いたこの作品、松尾さんが演じるのは飯塚敏郎という保守系全国紙の論説副主幹である。この肩書がどれほどのものかは僕にはわからないが、ジャーナリストとしてはかなりの権威であることは確かだ。そんな立場にあるにも関わらず、大きな権力とずるずるべったりで、定期的に総理と寿司を食っていそうな、なんともいや~らしい権威なのである。という具合に、なんともムカつく人物なのだが、松尾さんが演じると、はじめはもちろんムカつくが、なぜか次第に溜飲が下がってくる。

 どうしてこんな奇妙な感想が湧いてくるのか。それは松尾さんが演じる飯塚から、まがいもの感が強烈に漂ってくるからだと思う。おそらく松尾さんは飯塚を演じつつも、飯塚に批判的であり、どこか物笑いの種にしているからだろう。飯塚の仮面の下に松尾さん自身が透けてみえる。松尾版“ガラスの仮面”だ。それがあのまがいもの感を生み出している。そして日頃から飯塚のような人物に不満を持っている僕たち観客は、そこに反応し、「よくぞ言ってくれた!」という快感を覚えるのだ。

 思えば、松尾さんは『朝までナメてれば』(※編集部注:討論番組『朝まで生テレビ』を松尾さんが1人で再現した作品)の頃から、この姿勢は変わらない。松尾さんのモノマネには、田原総一朗、大島渚、野坂昭如、西部邁といった権威への疑いがあった。権威の奥底にある俗悪さやずるさを表に浮び上がらせる作用があった。今回はそれが、作・演出の永井愛さんが作った架空の人物に対して発揮されたのだ。

 飯塚のようななんともいや~らしい権力者は、メディアだけではなくいたるところにいる。現代社会の問題を描くうえでは、必要な役どころである。しかしそんなムカつく人物が物語の中でやっつけられるとは限らない。そんな時はせめて、疑いや批判のにじむ演技で、少しだけスカッとさせてほしい。松尾さんにはぜひとも今度「総理の親友である学園理事長」を演じてほしいものである。

 そんな期待も込めて今回、松尾貴史さんには、「ムカスカッと演技賞」を勝手に差し上げ、勝手に表彰します。

 ここからは少々ネタバレになってしまいますが、実は今回の舞台で松尾さんは政治家のモノマネも披露しています。SNS上ではこのモノマネに対し「度胸がある」などの声を散見し、ちょっと驚きました。僕が子どもの頃は、田中角栄や大平正芳といった総理のモノマネなんてテレビでタレントがやるのはもちろん、親戚のおじさんですらやっていましたから。

 むしろ、政治家モノマネをやる人がほとんどいない今が不思議。滑舌の悪い早口で一方的にまくしたてるあの人や、ダミ声で暴言を吐きまくるあの人などネタの宝庫なのに。政治家なんて笑いのネタにされてなんぼだと思うんだけどなあ。松尾さんがこの手のネタを舞台だけではなく、テレビやラジオで披露できる日が来ることを心待ちにしております。

<プロフィール>
山名宏和(やまな・ひろかず)
古舘プロジェクト所属。『行列のできる法律相談所』『ダウンタウンDX』といったバラエティー番組から、『ガイアの夜明け』『未来世紀ジパング』といった経済番組まで、よく言えば幅広く、よく言わなければ節操なく、放送作家として活動中。