及川眠子さん 撮影/北村史成

 アニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌『残酷な天使のテーゼ』、Winkの『淋しい熱帯魚』、やしきたかじんの『東京』など多くのヒット曲の作詞を手がけ、 “最後の職業作詞家”とも称される及川眠子さん。そんなヒットメーカーの及川さんが、初の教則本『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』で自らの作詞のテクニックを明らかに。その胸にある思いとは何だったのだろう。

この本は私からの音楽業界への恩返し

今の時代、作詞家志望の若い子たちはかわいそうだと思います。彼らに作詞をきちんと教えてくれる人、教えられる人がいない。だから、もっと長くやれるのに相談もできず、途中でダメになってしまったりと、このままでは本当に音楽業界に才能が枯渇してしまう……。その状況を見て、30年以上、音楽業界で生かしてもらった私は、何か恩返しをしたいと思ったんです。自分のノウハウを教えることで楽になる人がいるなら、いくらでも教えてあげるよって」

 1985年、『三菱ミニカ・マスコットソングコンテスト』で最優秀賞を受賞した及川さんは、長年にわたって作詞の第一線で、アイドル、ポップス、歌謡曲、アニメ、特撮、ミュージカルから校歌まで、さまざまなジャンルを手がけてきた。一方で、「詞を書くのに悩んだことはない」と言い切ります。

「みんな作詞をどうやっていいかで悩んじゃうのよ。そういう若い子に対して、作詞のノウハウなんかで、ひとりで苦しまなくていいって思うの。今まで一生懸命にじゃがいもを包丁で剥いてたんだけど、ピーラーを使えばもっと早く剥けるようになる。それと同じで、この本を便利な道具だと思って使っていただくことで、少しでも楽に作詞をしてほしい。何かの手助けになればという思いもあって、本を手がけました」

 確かに、『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』を読むと、手取り足取り、作詞をするためのノウハウが解き明かされている。素人でも作詞がしたくなるほどの懇切丁寧ぶりだ。

作詞家は感覚でやってる人が多いと思う。作詞の理論を自覚して書いている人はものすごく少数派ね。理論でやっていないと、人に伝えるのは難しい。理論がわからない場合、“感性”や“ひらめき”というところに頼らざるをえない。でもこの本の中に、ひらめき・根性・感性はほとんど出てこない。理論を支えているものは確かに才能だったりセンスだったりするんだけど、作詞を支えるのは技術がほとんどなので、いくらでも教えてあげられるよ、と。ただ、いくら教えたところで、その人が及川眠子になれるわけではない。私だって、秋元康さんや松本隆さんのような誰か別の存在になれるわけではないのと同じように」

 そんな及川流作詞術の基本となるのが “フレーム”と“ボックス”という考え方。詞のネタをもとに、書きたいイメージを頭で映像化し情景を浮かべるのがフレーム、その情景に浮かんだ人や物を言葉にして箱に入れていくのがボックスという独自のメソッドだ。

「若いアーティストの女の子に、フレームとボックスの話をしたときに“誰もそんなふうに教えてくれたことがなかった”と言ったんですよ。でもたぶん、作詞家はみんなそういうふうにやってると思うのよ。まず映像が浮かんで、その映像から言葉を抽出して……みたいな。理論的に説明してあげられないだけで。でも説明して、“わかる?”って言うと、みんな“わかる”って言う。じゃあ、これを教えたらいいと思った。実は才能があるのにどうやって書いていいのかわからない子たちが結構いるのよ。ノウハウや理論を伝えれば、その子たちが書き出すきっかけになるんじゃないかなと

『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』及川眠子=著(リットーミュージック/税込み1944円)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

いかなるときも80点以上をたたき出す

  若い才能を開花させ、音楽業界を賦活するため自らの作詞の技術を伝えたい。そんな彼女の思いが『ネコの手も貸したい』というタイトルに強く表れている。

「自分の作詞のノウハウが理論として説明できるようになるには、20年以上がかかっている。やり方はわかってても、きちんと説明できるようになるには、ある程度、時間がかかるものなの。だから今、この本が出せた」

 そんな及川さんが憂えているのは、人を育てられない音楽業界のありさま。

今はね、教えられない人が増えたことプラス、コンペがすさまじい。私は1回もコンペに勝ったことないんだけど、落ちると腹立つし、傷つくのよ。しかも、コンペはなぜダメだったのかを言わない。それは発注する側に自信がないから。自分の何が悪いのかわからないから若手は成長のしようがないの。それは今の編集者にも言える。作家を育てられないから即戦力になる子を見つけたい。で、その子が売れればそこに殺到する。それは本やCDが売れないっていうのが根本になっていると思うんです

 本が売れず、CDも売れない時代。かつてのような誰もが口ずさむ国民的ヒット曲も少なくなった今日。

 それでも及川さんは、

いかなるときも、業界がどんな状況でも80点以上をたたき出す。それが職業作詞家の使命ですから

 と、プロとしてのプライドを持って、これからも仕事に向かうーー。

ライターは見た!著者の素顔

『ネコの手も貸したい 及川眠子流作詞術』の帯を飾っているのは、ゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんの激賞コメント! 及川さんいわく「ニコニコ動画で身体張って頑張ってる子たちがいるなと思ったのが彼ら“金爆”を知ったきっかけ(笑)」とのこと。その後、金爆の音楽に触れ、「詞もおもしろいの。私には書けないタイプの詞で悔しいというか、やられたというか」と絶賛。「売れても身体を張り続けたり、自虐のスタンスにブレがないのもすごい」とも語った。

PROFILE
おいかわ・ねこ◎1960年生まれ、和歌山県出身。作詞家。1985年「三菱ミニカ・マスコットソングコンテスト」で最優秀賞を受賞。『愛が止まらない』や『東京』などヒット曲多数。ミュージカルの訳詞、CMソング、アーティストのプロデュース、エッセイやコラムなどの執筆や講演活動も行う。

(取材・文/ガンガーラ田津美)