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 今夏、「命にかかわる危険な暑さ」や大規模水害に見舞われた日本列島。地球温暖化を背景に異常気象の増加が指摘されている。さらに、「30年以内に70%の確率で発生」と予測される首都直下地震への懸念もぬぐえない。

人口集中そのものが大きなリスク

 もし五輪期間中に、記録的豪雨やマグニチュード7の激震が襲ったら……。

「東京の水害対策は他の都市に比べ急速に進んでいる一方で、地震や火災に対しては万全とは言い難い」

 そう指摘するのは、災害危機管理アドバイザーの和田隆昌さん。そもそも東京は、海より低い「海抜ゼロメートル地帯」が多く、水害に弱いことで知られる都市だ。国交省関東地方整備局が昨年8月に発表したシミュレーションでは、荒川の全流域で72時間に632ミリの大雨が降り堤防が決壊した場合、上野、大手町、銀座など最大17路線100駅が浸水すると予測している。それでも和田さんは、

「地方に比べて予算の潤沢な東京都は集中豪雨対策にも抜かりない」

 と話し、さらにこう続ける。

「荒川の決壊など、上流部で河川が氾濫するような豪雨の場合、都心の一部が冠水する可能性はありますが、水害は事前に情報を周知すれば人的被害を最小限に食い止めることができます。そのため、地方における水害の被害とは様相が異なります」

 また、神田、渋谷、麻布など、都心の各地には浸水被害を防ぐための地下広域調節池が設けられているのをはじめ、下水道菅の増強、ポンプ設置などの対策も打たれている。台風上陸など、事前に情報を取得できる災害に対しては、競技を中止・延期するなどの対応も可能だ。

 しかし、待ったなしで強襲する大地震に対しては、十分な備えがあるとは言えない。

「まず人口集中そのものが大きなリスクです。地震に遭遇し、パニックになることで、人が出口に一極集中して、将棋倒しになるなど二次災害につながるおそれがあります」

 逃げようにも避難先が足りない。東日本大震災では、都内で約352万人の“帰宅難民”が出たといわれている。

「中央区や港区などはビルや集合住宅が多いため、住民のための区民避難所は限られ、多くの方を収容できるような大型の避難所がない地域もあります」

事前の情報収拾が生き残りのカギ

 ただ、国も手をこまねいているわけではない。国交省は、五輪の地震対策として、被害想定や身の守り方などをホームページ上で公開。また都も、地震など重大事態での安全確保について話し合う会議を開き、競技会場での実地訓練や、市民向けシンポジウムの開催を検討している。

 しかし、

「競技ごと、会場ごとのリスクや対処方法などは記されていません」

 と和田さんが指摘するように、まだ検討段階という状況で万全の対策にはほど遠い。

昨年、トランプ大統領来日の際は、東京メトロ内のコインロッカーがテロ対策として使用不可になった

「知っている人とそうではない人の情報格差が被害を生み出します。行ったことのない場所で、どのように避難するかを事前に調べておくことが大事」

 例えば、サーフィン会場となる千葉県釣ヶ崎海岸を訪れるなら、当然、津波の可能性も視野に入れ、高台などの避難場所や避難経路を事前にチェックしておくことが望ましいと話す。

 また、都内でも地域によって地震への対応が異なるため、エリアごとの情報を収集しておいたほうがいいと言う。木造家屋の密集地帯と、真新しい高層マンションが並ぶ地域では、必要な対策もおのずと変わってくる。

「1981年以降に建てられた住宅やビルは震度6~7の耐震基準を満たし、そう簡単に壊れないので、まずはその場にとどまる。また、ラジオやスマートフォン、防災アプリなどで、都心各地の安全情報や避難情報を把握し、普段から使い慣れておくことが必要です」

 ひとりひとりが減災・縮災の意識を高めることが基本と言えそうだが、「本当の防災を試みるには組織的にも資金的にも不十分」と和田さんが分析するように、最終的に観戦客の“自己責任”“自己判断”によるところが大きいというのは、なんとも腑に落ちない。

「昨今、全国の首長会議や内閣府の有識者会議でも議論されている『防災省』ではないですが、2020年を機に、内閣府、消防庁、国土交通省、警察が一体的に動ける組織を作るといった取り組みが必要だと考えます。世紀のイベントを安全に運営するためにも、これまでとは違う災害対策をしてほしいですね」

 災害対策と同様に、テロ対策についても注目が集まる。過去には'72年ミュンヘン大会、'96年アトランタ大会で、いずれも死傷者を出すテロ事件が起きている。

日本の対策は甘すぎる?

「テロが起こる可能性は低いでしょう」と前置きしたうえで、「ハード面、ソフト面、双方から警戒を強めなければいけない」と話すのは、軍事ジャーナリストの黒井文太郎さん。

「日本の入国チェックは、指紋や顔写真による本人照合などは始まっていますが、それでも欧米諸国や中国と比べるとやさしすぎるくらいです。過剰に厳しくする必要はありませんが、世界的に標準化しつつある瞳孔を取り囲む目の模様部分をチェックする虹彩認証は日本でも導入すべきです。怪しい人物を入国時に厳しく審査するハード面の強化によって、テロの発生率を下げることができます

 会場の警備にどれだけ目を配れるかも、テロの抑止につながるという。

「各会場で警備をしっかり行うこと。日本の警察は統制が取れており非常に優秀ですが、広範囲の屋外で行われるマラソンのように、警備が難しい競技もある。実際に、2013年にはボストンマラソンで爆弾テロ事件が発生しています。目を光らせる以外の対策も必要

 世界を見渡せば依然、テロ事件が頻発し、過激派組織『イスラム国』(IS)支持者による犯行は日本でも大きく報じられている。

「日本国内におけるイスラム過激派の活動は、0%と断言できますから不安視する必要はないでしょう。むしろ、海外のテロ組織による犯行よりも、無差別殺人や通り魔などが起こる可能性について考えておくべき。

 実は海外で起こるテロの多くも、精神に異常をきたした人や人生に絶望した人による犯行が少なくない。宗教観や民族観は後づけで、きっかけは妄想や絶望によるものなのです

 どうすれば未然に防げるのか?

「警察は、薬局やホームセンターなどに対し、爆弾の原料となる薬品類を販売する場合には購入者の身元と使用目的の確認を義務づけ、怪しい人物は通報するように通達しています。

 ただし、ネット販売の場合には、なかなかそれを徹底するのが難しい。今後は新しい警備の形を検証しなければいけません。日本でどこまで必要かは議論すべきですが、例えば通信傍受は海外のテロ対策ではすでに常識。オリンピック・パラリンピックを見据えるなら、日本も警備の強化を視野に入れていかなければいけないと思います


〈識者PRIFILE〉
黒井文太郎さん
軍事ジャーナリスト。著書に『イスラム国「世界同時テロ」』『イスラム国の正体』(いずれもKKベストセラーズ)など

和田隆昌さん
災害危機管理アドバイザー。NPO法人防災・防犯ネットワーク理事。主な著書に『まさかわが家が』(潮出版)など