朝夏まなと 撮影/森田晃博

稽古場の温かさに緊張もどこへやら

 ロンドンに住む下町訛り丸出しの花売り娘イライザが、言語学者ヒギンズ教授のレッスンを受けて貴婦人に大変身! オードリー・ヘップバーン主演の映画でもおなじみのミュージカル『マイ・フェア・レディ』が、また新しい魅力をもって再演される。チャーミングなイライザ役を演じるのは朝夏まなとさん、神田沙也加さんというWキャスト。元宝塚のトップスターで、この作品で女優デビューを果たすという朝夏さんに話を聞いた。

「今はお稽古をしている時間が、楽しくてしかたないんです」という朝夏さん。緊張はなかった?

女優として舞台は初めてですし、周りは初めましての方ばかり。しかもテレビや舞台で拝見していた方ばかりなので、そりゃ初めは緊張しましたよ! でも、みなさんが優しく受け入れてくださるので、すぐ!(笑)。打ち解けてしまいました。今ではすっかりリラックスして、のびのびとさせていただいています」

 先日は、お稽古場を爆笑の渦に巻き込んだとか。

「ある場面で捨てゼリフを吐いて出ていくんですけどそのセリフを急に忘れてしまって。“なんだよぉー、コノヤロー!”とかテキトーなことを叫んで退場しちゃったんです。そうしたらもう大爆笑!(笑)。そこで気持ちを抑えられなかったんですよ。そんなことをしても、みなさん温かく受け止めてくださるんです」

 朝夏さんから見て、イライザはどんな女性?

「まず浮かんだのは“チャーミングな人”という印象でした。でも今、お稽古場でやってみてすごく思うのは“この人って、常に本気なんだな”ということなんです。自分が今いる状態より少しでもよくなりたいという、欲とかじゃなくて上昇志向や向上心がある。そこに到達するためだったら絶対にあきらめない、常に本気で努力するという意志の強さ、逞しさがあって。

 でもチャーミングでひたむきなんです。教育がなかっただけで、本当は頭のいい人ですよね。この時代(20世紀初頭)だと、貧しい女性は身体を売って生きてくことになりがちだったと思うんですけど、決してその道は選ばない。努力をしてまっとうな道に行きたい、と行動するイライザは“強いな”と思います

私のエネルギーで周囲を動かしたい

 そうしたイライザのひたむきさは、常に向上しようとものすごい努力を重ねるタカラジェンヌとも共通点が多そう。

朝夏まなと 撮影/森田晃博

「そう、だからすごくわかるし、違和感がないんですよ、イライザがやっていることすべてに。“こうなりたいんだ”という意志さえあれば何でもできるということは、自分の宝塚時代も同じでしたから。私は下級生のころ、トップを目指してがんばっていたわけではないんです。少人数の場面で踊ってみたいとか、パレードで歌って顔見せできるダブルトリオに入りたいとか、小さな夢を次々と、少しずつ叶えていたんですね。イライザをやっていると、そのころの自分を思い出します。“なかなかできない、でもできるようになると楽しい”みたいな感じが、デジャヴュのように感じられて(笑)。“リンクするってこういうことか”と思います」

 これまでには宝塚の先輩方も演じてきた役だけれど、“朝夏まなとのイライザ”が今、だんだんと見えてきたのだとか。

「やはり私は(背が)大きいですし、エネルギーはあると思うので、それを発揮してお客様まで巻き込めたらな、と思っています。この作品って、イライザが泣いたり笑ったりする感情でみんなが動いていく話なんですよ。そんなふうにみんなを動かすだけのエネルギーと魅力がイライザになければ、話として成立しないじゃないですか! 

 そこは大きな劇場の真ん中に立っていた経験も生かせるはずだし、本気でぶつかっていこうと思います。でも、心情的には繊細に描きたい。ギャップなんですよ、イライザって(笑)。最初は無知でガサツなんですけど、自分にも乙女らしく恋する心があると知ってしまってからは、自分でも思っていなかったようなギャップが生まれる。そこも大事にしたいですね

 下町娘から貴婦人へと変身するイライザのように、宝塚の男役から女優へと変身していく過程もすべて「新鮮だから、苦労だとしても楽しめています」と笑う朝夏さん。その楽しさがきっと作品にも生きてきそうだ。

「G2さんの台本ではイライザが江戸弁をしゃべるので、私も普段から江戸弁を使っているんですよ。マネージャーと話すときに“てやんでぇ!”って言ったり(笑)。マネージャーは“早く貴婦人になる2幕の稽古に入らないかなー”と言っています(笑)。男役時代のイメージは気にしていませんね。もともと私は男臭くない、自然なタイプだったし。“ナチュラルタイプ”というよりは“孤高になりたくてもなれなかったタイプ”かな(笑)。カッコつけるよりも、もっとざっくばらんに“みんなでやろうよ!”というほうが自分には向いているんです。

 宝塚時代と違うのは、自分のことだけ考えればいいということ。トップになってからは宙組のことを考え、組のプロデュース的なことも常に考えていました。それはそれで楽しかったんですけど、自分のことだけやれるというのは、すごく楽。だから今は、肩ひじ張らずに、楽しみながら、何でもやってみたいと思っています」

ミュージカル『マイ・フェア・レディ』

<出演情報>
ミュージカル『マイ・フェア・レディ』
 バーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』を原作とするブロードウェイ・ミュージカル。’56年よりジュリー・アンドリュースがイライザに扮したブロードウェイ版はトニー賞6部門に輝き大ヒット。’63年には、日本人が日本語で上演した初めてのブロードウェイ・ミュージカルにもなった。’13年にはG2が上演台本・演出を一新し、高評価を得ている。東京公演は9月16日~9月30日 東急シアターオーブにて。福岡・広島・大阪・愛知・大分など全国ツアーあり。

 公式サイト https://www.tohostage.com/myfairlady/

<プロフィール>
あさか・まなと◎9月15日、佐賀県生まれ。’02年、宝塚歌劇団に入団し、’15年に宙組のトップスターとなる。在団中は『風と共に去りぬ』(スカーレット役)、ミュージカル映画を舞台化した『TOP HAT』、『王家に捧ぐ歌』、『エリザベート』などで実力を発揮した。’17年11月、退団。今後は12月よりグロリア・エステファンの半生を描くミュージカル『オン・ユア・フィート!』、に主演。来春にはミュージカル『笑う男 The Eternal Love-永遠の愛-』に出演予定。

<取材・文/若林ゆり>