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 いじめが起きたとき、誠意を示す学校や教育委員会もあるが、組織的に隠蔽するケースも珍しくない。

市教委が聞き取りメモを「なかったことに」

 2016年10月6日、兵庫県神戸市垂水区で市立中学3年の女子生徒(当時14)が自殺した。同級生らの聞き取りの際、学校はメモを作成していたが、隠蔽が発覚している。

 その内容は、自殺5日後の11日に、仲のよかった生徒6人が教員に対し、いじめの詳細や加害者とされる生徒の名前、生徒間の人間関係を証言したもの。メモの存在が明らかになると遺族から反発を受ける……。そう心配した当時の校長は'17年3月1日、市教委の首席指導主事に相談すると、「メモは存在しないと伝えるように」と指示された。

 3月6日、情報提供を求めて遺族は学校に質問書を提出。当時の校長は校内にメモを保管していたが「記録を残していない」と回答、3月末の神戸地裁による証拠保全手続きでもメモは存在しないものとしていた。

 一方、8月、「自殺との因果関係は不明」とする報告書がまとめられた。これを読んだ後任の校長が、メモが校内に保管されていると市教委に連絡し、メモの隠蔽が発覚したのだ。

 遺族は「まだ隠されている文書や事実があるのではないか、不信感が募るばかりです」と述べている。

 対応が不十分という問題もある。

《誰もいじめたりしないようにしてください》

 そう書かれたメモを残し、'17年5月、兵庫県多可町で町立小学校5年生の女子児童(当時10)が自ら命を絶った。町教委の調査委員会は'18年7月、いじめが主たる原因だったとの報告書を公表。自殺前のアンケートで「仲間はずれにされている」と別のクラスの友人が指摘していたが、学校の対応は不十分だったことがわかっている。

 隠蔽や不適切な対応による問題が表面化することがあとを絶たない。さらに詳しく検証しよう。

いじめ以上に大人たちの“保身”と“嘘”に傷ついた

 埼玉県川口市の市立中学校に通っていた林昌之くん(15=仮名)は'15年5月以降、サッカー部のLINEグループからはずされるなど、いじめを受け続けた。そのため3年間で4回、学校に通えない期間があった。だが、学校や市教委は昌之くんや母親・晴海さん(仮名)の話をよく聞かず、調査委員会の設置が遅れ、不登校の学習支援も怠った。

 そんな市教委に対し、県教委や文部科学省は再三再四、助言や指導を繰り返した。その詳細なやりとりは、昌之くんと晴海さんが行った個人情報開示請求で明らかになっている。県教委が作成した文書はA4用紙で146ページにも及ぶ。

進学した高校でもサッカー部に入部した昌之くん。中学時代に続けられなかった無念は消えない

 昌之くんは学校や市教委が適切な対応をしなかったとして今年6月、市を相手に提訴した。その会見で、晴海さんはこう話した。

「息子は、いじめられたことよりも校長や教頭、市教委にされたことに傷つき、つらく苦しいと話しています」

 昌之くんは高校に進学した現在も、「先生や友達に嘘をつかれるのではないか心配。今も先生を信用できません」と打ち明ける。

 人間不信に陥った理由は訴状からも読み取れる。

(1)昌之くんは、1年生のときにサッカー部の同級生のLINEグループからはずされた。

(2)3学期には部の練習中に、昌之くんはほかの部員から襟首をつかまれ、首絞め状態でひきずられ、揺さぶられるなどの暴力を受けた。顧問は昌之くんと母親に再発防止を約束したが、対策はとられなかった。

(3)2年生の2学期、ほかの部員が昌之くんの自宅や自転車をスマホで無断撮影し、LINEに載せて中傷した。

(4)1年生から2年生にかけてLINEグループの中で、サッカー部員が昌之くんになりすました結果、からかいや誹謗中傷を受けた。

 昌之くんの被害はいじめだけではない。サッカー部の顧問から体罰を受けていたのだ。苦痛から、リストカットなどの自傷行為をするように。結局、卒業までに198日、学校を欠席せざるをえなかった。

 1度目の不登校は、'16年5月9日~12日。サッカー部員からのいじめが直接の原因だった。

 2度目は'16年9月14日から'17年4月まで、半年以上も続いた。このとき、学校の不適切な対応があった。昌行くんにいじめの調査をしていないのに、別の生徒が言った「昌之くんが先に蹴った」などの主張を信用して、そのまま市教委に報告したのだ。

 また、7月15日と9月5日に、顧問は昌之くんの頭部を殴打している。のちに、この行為は体罰と認定され、懲戒処分となった。

「職員室の前や中で、顧問からゲンコツをされたり、耳を引っ張られました。ほかの先生は見ていたのに何も言わない」(昌之くん)

 このころ晴海さんは校長に、いじめによる不登校は「いじめ防止対策推進法」の「重大事態」にあたるとして、法に従った対応を求めていた。重大事態と認定された場合、調査委員会を設置することになる。しかし、市教委はいじめと認定することはなく、学校も市教委も対策に向けて積極的に動くことはなかった。

 晴海さんが文科省に連絡すると、文科省は県教委とともに、市教委へ「重大事態」として対処するよう何度も求めた。その影響か、11月には校長が「指導不足だった」と昌之くんに謝罪している。

どこまでもいじめを認めない学校側

記者会見に臨む母・晴海さん。昌之くんと行った情報公開請求で明るみに出た事実は多い

 しかし、学校は「いじめ」を認めない。交渉を重ね、ようやく学校は晴海さんと話し合いを持つことになったが、それでも校長は「いじめはない」と市教委に報告するなど不適切な対応が繰り返された。

 さらに'17年1月末、サッカー部の保護者会で、学校側は「いじめはなかった」と説明している。隠蔽や沈静化を図ったかのようだ。

 2月になって、市教委は調査委員会(委員長、米津光治・文教大学教授)をようやく設置。昌之くんと晴海さん、サッカー部員や学校職員から聞き取りをした。市教委も、部員や学校職員に聞き取りを行っている。

 3月28日、市教委は校長、教頭とともに、昌之くんと晴海さんに対し、学習面の遅れの対策やいじめ対応における「今後の支援体制について」を提示した。だが、現場教員に指示していなかったことが卒業直前に発覚している。

 6月には、調査委員会から「社会通念上の判断」でいじめを調査すると、晴海さんに連絡が入った。

 法律上、いじめは「一定の関係がある児童・生徒」間で起こり、「心理的または物理的な影響を与える行為」とされ、いじめられた児童・生徒が「心身の苦痛を感じているもの」。一方、「社会通念上」のいじめは「弱いものに対する」「継続的」などの要素を含み、法律より狭い概念を指す。

 そのため、文科省と県教委は市教委に対し「そもそも法の理解が間違っている」「よく理解しているとは言い難い」と指摘、県教委が指導に入っている。

 9月、昌之くんは文科省あてに手紙を書いた。理不尽な大人たちへの叫びがこうつづられている。

《僕は何も悪いことをしていないのに、どうして守ってくれる人たちから嫌な思いをさせられるんですか》

 '17年11月2日からの約1か月間は、3度目の不登校になった。ネットで中傷が繰り返されるも、学校は対応を怠り、さらなるいじめに発展したためだ。

 4度目の不登校も、3度目とほぼ同じ理由。'18年1月24日から卒業まで、学校に行けないままだった。

いじめに認定されない内容も

提訴に伴い、昌之くんら母子を追うテレビクルー。裁判の行方は全国で注目されている

 卒業間近の3月14日、市のいじめ問題調査委員会は「報告書」をまとめた。

 それによると、前述の(1)〜(4)のほか、次の出来事が挙げられている。

(5)部の練習中に、ひじで顔を叩かれるなどした。

(6)映画を見る約束をしていた部員が当日は連絡せず、別の生徒と遊びに行った。昌之くんがそれを学校に訴えると、部員は怒り、「一方的に文句を言われた」と嘘を言い、昌之くんは周囲から責められた。

(7)自宅で遊ぶことを断られたサッカー部員4人が、昌行くんと交際中の女子生徒の自宅に行き周辺で騒いだ。

(8)昌行くんが行きたがっている店へ一緒に行こうとした部員が、目の前で、ほかの生徒と行く約束した。これをきっかけに「学校に行きたくない」と言い出した。

 これらの8件のうち、調査委は7件を「いじめ」と認めている。だが、認定されなかった(5)について、晴海さんは不満を隠さない。

「部活中に私は見ましたし、部活のあとに副顧問にも話しました。認められなかったのは、叩いた部員が“覚えていない”と話し、学校側も“記憶がない”と言ったからです」(晴海さん)

 調査委は、不登校についてはいじめが「主たる要因」と認めた。だが、学校の対応への不信感、サッカー部顧問の不適切な指導、コミュニケーション不足から誤解が生じたことなど、要因は複数あるとも指摘している。晴海さんにとっては納得のいかない内容だ。

「顧問の行為は体罰であり、処分もされています。なぜ“不適切な指導”と記したのでしょうか」(晴海さん)

 昌之くんは、卒業証書も手渡されていない。

「生徒が何かしたら絶対に反省か謝罪をさせるのに、どうして校長や教頭や市教委はしていないのでしょうか。裁判ではもう嘘をついたりしないでほしい」

 第1回口頭弁論は9月12日に始まる。

情報隠しと闘う母親の思い

 東京でも、いじめ問題の隠蔽やごまかし、時間稼ぎが明るみに出た。

 2015年9月27日、東京都立小山台高校1年の男子生徒、境章雄くん(当時16=仮名)がJR中央線・大月駅(山梨県)で列車に飛び込んで死亡した。

 都の教育委員会は「いじめ防止対策推進法」に基づき調査部会(部会長、坂田仰・日本女子大教授)を設置。報告書を提出した。

 しかし、母親・啓子さん(仮名)はこれに納得せず、都知事に再調査を求めている。

亡くなった章雄くんの机は残されたまま。その横に立つ母親の啓子さん

 当初、学校の調査ではいじめは確認されなかった。しかし、啓子さんは、章雄くんのスマートフォンのデータの一部を復元。いじめの疑いがある記述を見つけた。そのため、いじめの有無、自殺との因果関係に対する調査を求めているのだ。

 調査部会はおよそ1年8か月にわたり、計80回以上の会議を重ね、'17年9月、最終報告書を作成した。

 調査では、前述した川口市と同様、いじめの定義が問題となった。調査部会は次のように指摘している。

《学校、教職員がその端緒として活用する定義としては有用であるとしても、少なくとも、いじめ防止対策推進法に基づき重大事態の調査が行われるに当たっては、これをいじめと捉えることは広範にすぎる》

 これはつまり、法の定義は、生徒指導では役立つが、調査を前提にした場合は広すぎるとして、下表にまとめた「社会通念上のいじめ」を前提に調査することにしたものだ。法による定義は無視された。

 そのうえで、《収集できた資料の範囲内で判断する限り、いじめがあったと判断することはきわめて困難》と結論づけていた。

 坂田部会長は会見で、「調査結果について自信を持っています」と話す一方で、警察とは違い調査権限がないことの難しさについて触れ、「調査の限界」という言葉を繰り返した。


いじめの定義って?

<法律の定義によるいじめ>

 同じ学校に通うなど関係のある児童・生徒同士の間で、一方の児童・生徒へ心理的、または物理的な影響を与える行為で、対象になった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの。継続的ではない行為やインターネットを通じて行われたものを含む。加害の意図は関係しない。

<社会通念上のいじめ>

 故意で行った言動、つまり、いじめの加害を意図しているものかどうかで判断される。過去の文科省の定義では、「力の差」や「継続性」、「深刻さ」が入っていたこともある。

 遺族代理人(当時)は、「いじめが学級や学校といった集団の中、日々の積み重ねで構築され、孤独感や孤立感といった感情を日に日に蓄積させるものという視点が欠けています」

 と話し、文科省の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」に基づき、都知事に再調査の要望を出した。

「誰ひとり自宅には来ませんでした」

孤軍奮闘しながらも啓子さんが自らかき集めた、いじめ問題に関する資料

 また会見では、調査部会事務局と遺族との信頼関係が崩れたことも明らかに。担当者が怒鳴ったのだ。

「1回でもあってはならないことですが、遺族に対して感情が高ぶったところがあったのは事実」(担当者)

 ただ、啓子さんは、この担当者だけでなく調査部会についても不信感を持つ。

「調査部会のメンバーは“公正・中立”を理由に、息子の前で手を合わせることもしていませんし、誰ひとり、自宅には来ませんでした」(啓子さん)

 報告書の公表後も、学校対応の不備について、学校や都教委から説明も謝罪もない。

 啓子さんはこんな疑念を抱く。

「アンケート原本、職員会議録など、もとになった資料は報告書がまとまってもどういうわけか、開示されません」

 その後、知事部局の青少年・治安対策本部が'17年11月27日、再調査を検討する検証チームを設置した(座長・近藤文子弁護士)。ほかの自治体では、首長が設置の有無を判断することが多い。再調査のための検証チームを設置することは異例だ。

 以来、20回にわたり話し合いが重ねられ、検証チームは'18年7月19日、調査時点で同意を得られなかった2点について、再調査の必要性をようやく認めた。ひとつは、スマートフォンの内部データの解析。もうひとつは、調査開始1年後に現れた新証人への聞き取りをすることだ。

 報告書では、スマホの解析について「遺族などの同意が得られなかった」となっているが、啓子さんは「都教委ではなく、こちらが選んだ業者で解析しました。業者が説明、質疑応答をしています、協力はしていました」と話す。

 ただ、再調査そのものについては歓迎している。

「最終報告書が不十分であることが示されたことは、よかったです」

 かけがえのない息子の命が失われてから3年。真相究明を遠ざける言葉遊びや情報隠しで、遺族は振り回され続ける。


取材・文/渋井哲也
ジャーナリスト。教育問題をはじめ自殺、いじめなど若者の生きづらさを中心に執筆。東日本大震災の被災地でも取材を重ねている。近著に『命を救えなかった』(第三書館)