日本相撲協会に退職の届け出を提出し、記者会見する貴乃花親方=9月25日夕、東京都港区

 貴乃花親方の引退によって貴乃花部屋が消滅し、一連の貴乃花問題が終結することになりました。大相撲ファンを二分する騒動だったのですが、今回の出来事を転機に協会は一枚岩でまとまることになるでしょう。

 貴乃花親方は日本相撲協会の改革を目指して活動してきましたが、それはかなわない出来事となりました。

 ここで本当は話題にしづらい話があります。しかしおそらくはこのタイミングで問題提起をしておかないともう二度と語るタイミングが出てこない“不都合な真実の話”です。

 言葉を選びながら今回の貴乃花問題の本質とも思えることを指摘したいと思います。

 誰でも手に入る情報で、かつなぜかマスコミは黙殺している話。それは「横綱の寿命は一般人と比べて極端に短命だ」という事実です。

 これについては、決して貴乃花親方のことを暗示するものでもなんでもないことを、最初に強くお断りしておきます。

 ここ数年を振り返ってみましょう。

 2011年、おしん横綱と呼ばれた隆の里さんが59歳の若さで亡くなりました。2015年に大横綱で現役の相撲協会理事長だった北の湖さんがやはり62歳の若さで亡くなっています。翌2016年には千代の富士さんが亡くなりました。享年61です。

時代のヒーローたちは若くして亡くなってしまう

 私の時代のヒーローたちが相次いでこの若さで亡くなってしまう。悲しいことです。しかし「なぜこの若さで?」と思う人は次のデータをご覧になってどう思われるでしょうか。

 戦後の土俵に上がった歴代の横綱、つまり双葉山から後の代の歴代横綱を調べると隆の里さん以前の25人の横綱のうち実に20人が既に鬼籍に入っています。

 平均没年齢は実は61歳。その年齢を超えていまでもご存命なのは栃ノ海さん(80歳)、北の富士さん(76歳)、三重ノ海さん(70歳)、二代目若乃花さん(65歳)の4人だけです。

 伊勢ヶ濱親方つまり元・旭富士関が58歳。八角理事長つまり元・北勝海関と芝田山親方こと元・大乃国関が55歳で、それ以降の横綱含めまだ還暦になっていらっしゃらない元・横綱はもちろんこのリストには入っていません。

 とにかくそれよりも年長の元・横綱の平均没年齢があまりに若い。

 平均没年が62歳だと言うと相撲に詳しい読者は「27歳で急逝した玉の海さんが平均を下げているんじゃないか?」と思うかもしれませんがそうでもありません。

 サンプル数が少ないというのであれば戦後土俵に上がった大関も加えて没年を計算すると平均の没年齢は60歳とさらに下がります。

 貴ノ浪さんが43歳、北天佑さんが45歳、人気大関だった貴ノ花さん(貴乃花のお父さん)が55歳と大関もやはり短命の傾向にあります。

当記事は「東洋経済オンライン」(運営:東洋経済新報社)の提供記事です

 お亡くなりになったそれぞれの事情はあるので深くは立ち入りませんが、大相撲の頂点にいらっしゃる方々はその命を削る仕事をしているということまでは申しあげておきたいと思います。

 大相撲の三役の取り組みとは、あの巨躯同士が猛スピードで激突するものです。これを例えて「本場所中は毎日、軽トラックと正面衝突しているようなものだ」という表現を聞いたことがあります。

 それが土俵人生の続くかぎり続いていく。そのようなお仕事です。

 当然のことですが、その衝撃はプロボクサーで言えばパンチドランカーを引き起こすレベルの衝撃のはずです。

 大関では将来は横綱確実と言われた栃東関は「このまま相撲を取り続けたら脳梗塞が再発する」と診断されて引退します。千代大海と武双山はどちらも強い大関でしたが、このふたりの対戦では張り手の応酬で双方血まみれになる激しい一番が名勝負として語られています。

 見ている側には名勝負でも、本人たちの身体をむしばんでいるはずだという点では心配です。

とにかく食べて太るという生活習慣もリスク

 脳への衝撃とは別に、身体を大きくしたほうが有利だという相撲の特徴から、とにかく食べとにかく太るという力士の生活習慣も、その寿命には影響を与えているはずです。

 別の分野のアスリートで言えばボディビルダーがこの問題を抱えているようです。私が出演している『モノシリスト』というテレビ番組で小島よしおさんが出題したクイズに「アメリカのボディビルは日本と本質的に違う点があるのですが、それは何でしょう?」という問題がありました。

 ボディビルに詳しい小島よしおさんによれば、アメリカのボディビルはスポーツではなくエンターテインメントだということです。そのためステロイドの使用が許可されているというのです。

 私も興味をもったので、ボディビルに詳しい友人にお願いしてアメリカのボディビル大会の最高峰であるオリンピア2018の観戦に連れて行ってもらいました。

 出場する世界の頂点のボディビルダーたちは皆、すばらしい肉体美を披露しているのですが、友人に言わせると、「あの状態にもっていくのは生命の危険と隣り合わせだ」というのです。

 実際に体脂肪率を極限まで落とす関係で、ステロイド抜きでも低血糖でふらふらになる。

 だからあの状態になれるのは年に1回が限度で、何度も大会を開催することは無理なのだそうです。そしてアメリカのボディビルダーは実際、若くして亡くなる人が少なくないといいます。

 同じ、肉体に極度の負担をかけるスポーツの場合で考えると、大相撲の問題はその試合の頻度でしょう。

 プロボクシングの世界タイトルマッチは年に1度か多くても2度開催するのが限度です。毎月ボクサーが興行に出場したとしたら、それこそボクサー生命どころか本当の生命に赤信号がともるはずです。

ショーとして興行するプロレスラーも命を削っている

 逆に頻繁に興行を行うとしたら。これはプロレスの世界の話ですが、最初からある程度のシナリオを決めておいて、あくまでショーとしての興行を行う前提でないと身体がもつはずはありません。

 もっともプロレスでも頂点を極めたレスラーたちは相撲と同じくらい短命の傾向があります。命を削っているのには違いはないのです。

 そのような情報を基に考えてみたいのが今回の貴乃花問題です。

 あくまで大相撲では八百長は行われていないというのが公式見解です。その前提で貴乃花親方と協会の争点はメディアではわかりにくい方向に話がもっていかれてしまうのですが、誰もが知っている公然の秘密ということで言えば、ガチンコ相撲を厳密に突き詰めるかどうかという一点にありました。

 貴乃花親方は相撲道という言葉を用いていましたが、貴乃花親方にとってこれは相撲哲学として譲れない大問題だったようです。

 一方でこれは誰も真剣に訴えかける人がいない話なのですが、年6場所15日間。つまり合計で90日、あの巨体の力士たちがガチンコで土俵の上でぶつかり続けたとしたら、彼らの生命の危険はどうなのかというより本質的な大問題があるのです。

 もし貴乃花親方が提唱するような相撲道を突き詰めるとしたら。

 そのうえでこれから先の未来ある若手力士たちが81歳の日本人男性平均寿命に到達できる安全性を考えたとしたら。このふたつの問題は両立できるものなのでしょうか。

 それを考えたら、現在の興行スタイルというビジネスモデルではそれは成立しません。無理やり改革をやるとすれば、それこそF1グランプリのように年間の開催を21回ぐらいにばらけさせたうえで、おのおの一番しか相撲を取らない。

 その年間21番勝負で年間優勝を決めるぐらいの開催頻度に下げなければ力士の身体はもたないはずです。

江戸時代は年2回、10日間ずつの開催だった

 実際、江戸時代の本場所は年2回。おのおの10日間の開催でした。つまり昔はF1グランプリの決勝レース並に相撲の勝負は少なかったのです。

 それが力士年金の問題から11日になり、13日になり、戦後は15日間で定着しました。昭和30年代に九州場所と名古屋場所が加わり、現在のように6場所90日制が定着したわけです。

 さて、大相撲の関係者は日本相撲協会だけでなくマスコミ関係者を含め協会を批判するのはタブーになっています。なので貴乃花親方が取り上げようとした本当の問題は「なかったもの」として収束を図られることになるのでしょう。

 が、私が今回取り上げたある意味で不都合な真実を考慮した場合、本当はどちらがよかったのかという話に決着をつけてみたいと思います。

 結論から言えば、意外に思われるファンの方もいらっしゃるとは思いますが、貴乃花親方の考える改革を進めてしまうと力士の生命はもっと危険にさらされることになっていたでしょう。

 そもそもアスリートの肉体的には無理なのです。それがビジネスの問題が絡んで、年6場所の90日に加えて、ファン育成のために大切な地方巡業もしっかりと行わなければならないというのが相撲興行のビジネスモデルなのです。

 相撲協会にとっておそらくこの興行日数の制約には手をつけられない。F1グランプリやボクシング世界戦のような低頻度の開催では現在の規模での雇用を維持することはとうてい不可能です。

 そのうえで力士の最低限の健康を維持しながら、年90日の本土俵を務めるためには、貴乃花親方が何と主張しようと「今のやり方が最善だ」としかいいようがない。

 ここに今回の問題の本質と、あるべき着地点があります。心情的にも貴乃花寄りの私も大相撲ファンとして最終的に納得できる結論なのです。


鈴木 貴博(すずき たかひろ)◎経済評論家、百年コンサルティング代表 東京大学工学部物理工学科卒。ボストンコンサルティンググループ、ネットイヤーグループ(東証マザーズ上場)を経て2003年に独立。人材企業やIT企業の戦略コンサルティングの傍ら、経済評論家として活躍。人工知能が経済に与える影響についての論客としても知られる。近著に『「AI失業」前夜―これから5年、職場で起きること』(PHP)、『仕事消滅 AIの時代を生き抜くために、いま私たちにできること』(講談社)、『戦略思考トレーニングシリーズ』(日経文庫)などがある。BS朝日『モノシリスト』準レギュラーなどテレビ出演も多い。オスカープロモーション所属。