誰かに何かを伝えるためには、言葉が必要。その言葉選びに苦労したり、間違えてしまったり、結果、うまく伝えられなかったり……。よく考えると「言葉」ってとても難しい。

 でも、そんな言葉を自分の“味方”にする方法があるんです。コピーライターとして、誰もが知る、あのワンフレーズを世に送り出してきた梅田悟司さんに、「言葉」について聞いてみました。

「言葉」を自分の味方にしてみよう(写真はイメージです)

いい言葉を書こうとしない

 僕は広告会社でコピーライターという仕事をしてきました。クライアントの商品やサービスを、誰に向けて、何を、どのようにアピールするのかというコンセプトを考え、そこからキャッチコピー、つまり「言葉」を生み出す仕事です。

 主なものに、日本コカ・コーラの缶コーヒー、ジョージアがあります。「世界は誰かの仕事でできている。」というコピーで、山田孝之さんが出てくるテレビCMをご覧になった方もいると思います。

 他には、TBS「日曜劇場」というドラマ枠のコミュニケーション・ディレクターを行っています。『99.9 ―刑事専門弁護士―』『陸王』『この世界の片隅に』といった、ドラマの見どころや世の中に訴えたいことを、ひとつの言葉に集約し、どのように伝えるかを考える仕事です。

 東北の六大祭りを一堂に集めた「東北六魂祭」というイベントの立ち上げに関わらせていただいた経験もありました。

 駆け出しの頃は「いい言葉を書こう」「話題になる言葉を生もう」と試行錯誤していたことを鮮明に覚えています。

 しかし、書くために書いたキャッチコピーは、どこか嘘っぽく、人の心を動かすことができるものであるとは思えませんでした。

言葉は思考の深さが現れる

 そこで、視点を変えてみたんです。

 よく書こうとするのではなく、よく考えることから始めようと。非常にシンプルで当たり前のように聞こえるかもしれませんが、実は難しいんですよね。

 勝負になるのは言葉の巧みさではなく、思考の深さです。この順番を意識するようになってから、自分が書く言葉の重みや深みは明らかに変わりました。

 皆さんがご存じの「世界は誰かの仕事でできている。」という言葉を例にとれば、ジョージアの商品性について何も語っていないように見えますよね。

 でも、ジョージアという人間がいた時に、彼はどんな言葉を発するのだろうか? と考えました。そして「今の時代にとって、缶コーヒーはどんな役割を果たせるのか?」については、特に時間をかけました。

 すると、味や風味もさることながら、日本中に働いている人がいて、彼らが短い休息を取る片手に、ジョージアがある風景が見えてきます。そんな自分の持ち場をきちんと守りながら働く人への「敬意」を伝えるべきだ、と思ったのです。

 それが「世界は誰かの仕事でできている。」の原点。そこからは、300近い大量のコピーを書きながら、ひとつを選び取っていく作業を行いました。

考えている時に使う「内なる言葉」を意識する

 では、どうすれば深く考えることができるようになるのか? そこで、意識していただきたいのが「内なる言葉」です。

 言葉には2種類あります。

 ひとつは僕たちが普段から使っている「外に向かう言葉」、もう一つが考える時に無意識に頭の中で使っている「内なる言葉」です。この事実に気づいてから、僕は考えるという曖昧な作業が非常に楽になりました。

「外に向かう言葉」は、わかりやすいと思います。今、僕が話している言葉、それは相手、外に向かっています。声に出さなくても、例えばSNSで何かをつぶやいた。これも外に向かって出ています。

 人はどうしても、相手に向かう言葉を意識し、これを飾ろうとします。でも、そこには自分の思いという一番大事なものが抜けてしまいがちです。

 一方で、人は誰でも心(頭)の中で何かを思っています。かわいい猫がいれば、「あっ! かわいい」「こっちにおいで」とか、暑い日にかき氷をみたら、「食べたい!」とか。

 つまり心の中で、自分の気持ちを言葉にしているのですが、普段、それを意識することはありません。でも、本当の気持ちはそこにあるのです。

「内なる言葉」の解像度を高めていく

 僕は、この「内なる言葉」を意識するようにしてみました。

 最初はぼんやりしているこの言葉の解像度を上げ、把握して、そこから思考を広げていくことを考えたのです。

 それを「T字型思考法」と言います。まずは自分の中に生まれた言葉と、まっすぐに向き合います。その言葉を中心に置いて、右に「なぜ?」、左に「それで?」、下に「本当に?」というふうに紙の上にマス目をつくります。

 

 最初に、真ん中の言葉に対して、「なぜそう思うの?」と自分に問いかけます。思いつくことを、なんでも書き出します。もう思いつかないなとなったら、今度は左側、「それでどうなるの?」と問いかけます。

 ここも出尽くしたと思ったら、最後に本当にそうなのかなと考えます。このとき、ほかと同じ言葉が出てきても構いません。とにかく書き出していきます。

 そこに書かれたものはすべて心の中の言葉、自分の思いです。

「本当に?」まで考えつくしたら、一度、書いたもの全部を眺めてみる。そこにある言葉を組み合わせるだけで、自分の思いを言葉にできることに気づいたのです。自分の気持ちですから、はっきりとした相手に伝わる強い言葉になるのです。

「言葉にできる」をみんなのチカラに!

 そんな話を出版社の方にしたら、それを本にしましょうと出版されたのが『「言葉にできる」は武器になる。』(2016年・日本経済新聞出版社社)です。刊行後、この内容をテーマに、読者向けのトークイベントを何度かやらせていただきました。

 すると、参加してくださった小学校の国語の先生が「ぜひ、子どもたちにやらせたい」と言ってくれました。中学生のお子さんを持つ親御さんからも、「子どもに読ませたい」という言葉を、たくさんいただきました。

 そのとき「T字型思考法」をもっとやさしく説明できないかと考えてみました。小学校高学年くらいになると、学校で、あるいは親や友達に対して、自分の気持ちがうまく伝えられずに悶々とするものです。

 自分もそうでした。そこで、その頃の自分を主人公に、言葉の妖精「コトバード」という存在を考え出し、2人の対話の中でT字型思考法を解説する構成にたどり着きました。

 そうして書き上げたのが『「言葉にできる」は武器になる。』の実践編である『気持ちを言葉にできる魔法のノート』です。

『気持ちを言葉にできる魔法のノート』(日本経済新聞出版社)※記事の中の画像をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

 T字を使って自分の中にある考えを言葉にしていく、その実践ができるように工夫しました。

 古代ギリシャの哲学者プラトンはこう言っています。

「賢者は、話すべきことがあるから口を開く。愚者は、話さずにはいられないから口を開く」

 言葉はどんなに飾っても、そこに自分の思いがなければ人には伝わりません。

 逆に言えば、自分の気持ちが入っているものは、ほかのどんな言葉より強いものになるのです。


梅田悟司(うめだ・さとし)◎コピーライター。1979年生まれ。大学院在学中にレコード会社を起業後、広告会社へ入社。マーケティングプランナーを経て、コピーライターに。広告制作の傍ら、新製品開発、アーティストへの楽曲提供など幅広く活動。CM総合研究所が選ぶコピーライターランキングトップ10に2014年以降、4年連続で選出されている他、国内外30以上の賞を受ける。著書に『「言葉にできる」は武器になる。』『企画者は3度たくらむ』『捨て猫に拾われた男』(日本経済新聞出版社)など。横浜市立大学客員研究員、多摩美術大学非常勤講師。