古舘プロジェクト所属の鮫肌文殊、山名宏和、樋口卓治という3人の現役バリバリの放送作家が、日々の仕事の中で見聞きした今旬なタレントから裏方まで、TV業界の偉人、怪人、変人の皆さんを毎回1人ピックアップ。勝手に称えまくって表彰していきます。第60回は樋口卓治が担当します。

安藤サクラ様

 今回、私が勝手に表彰するのはNHK『まんぷく』でヒロイン福子を演じる『安藤サクラ』さんである。

安藤サクラ

 放送作家になって10年くらい経ったころ、夕食を取ろうと麻布十番にある定食屋に入った。焼き魚定食を注文し待っていると、奥の席で常連風の女性が店主と楽しそうに話していた。

「あ、安藤和津だ」と心の中で呟いた。

 一緒にいた少女二人は食事を終えたところで、「遊んでくる!」と元気に店を飛び出した。今思えば、あの少女たちは、安藤モモ子・サクラ姉妹だったのだろう。

 当時、麻布十番といえば気合を入れないと街に負けてしまいそうなオシャレな街だった。そこにTシャツに短パンの姉妹が「遊んでくる!」と駆け出したのだ。都会っ子だ! 私が初めて見た都会っ子は安藤姉妹なのかもしれない。

 それから十数年後、姉は映画監督、妹は女優になった。普通、女優といえば、劇団とバイトの日々を送り、なかなか芽が出ない世界なのに、安藤サクラは、定食屋を飛び出す勢いで、あれよあれよという間にいろんな作品でみかけるようになった。しかも上手いのである。

 いい映画と思う作品のほとんどに安藤サクラが絡んでいる。『SR サイタマノラッパー2 女子ラッパー☆傷だらけのライム 』『かぞくのくに』『0.5ミリ』『百円の恋』『万引き家族』。

 そして、どの役も、ちゃんと演じ分けている。こんな人日本のどこかでひっそり生活しているんだろうな、と思うようなリアリティがある。

『百円の恋』では、ある女性が、一念発起してボクサーを目指す。最初は自堕落な生活をして、家でゲームしながら、贅肉のあたりをボリボリかいていたゲスい女だった。「いるいる、こんな奴」と思っていると、ボクシングに目覚めた途端、どんどん綺麗になっていく。一つの作品で、ゲスい女といい女を演じ分けてた。

『万引き家族』では大柄な女性に見えるが、『まんぷく』では小柄な女性に見える。背格好まで演じ分けられるなんて、映画でボクサーの一生を演じるために25キロも体重を増減させた“デ・ニーロ・アプローチ”と並ぶほどだ。

 バブルのころ、背伸びして六本木のバーで飲んでいると、深夜に泥酔した男がやってきた。男は酒を注文すると、タバコをくわえ、片方にグラス、片手に筆ペンを持ち、トイレの壁に女性の絵を描いた。バーのママはカンカンに怒っていたが、男は絵を見ながら満足そうな顔をしていた。とても指の美しいその男は奥田瑛二だった。

 あの目つき、あの色気、あの仕草、それを最近、演技をする安藤サクラにチラチラと垣間見ることがある。

 この先、朝ドラという大役を果たし、これからもいろんな作品で彼女を見るだろう。そのたび、この空の下のどこかで暮らす人を感じるのが楽しみだ。あの定食屋で見た元気な姿でドラマ、映画を駆け抜けてほしい。

 ちなみに、あの当時、定食屋を出て、向かいの駐車場で精算すると2000円だった。

 は? 小一時間駐車しただけなのに……。麻布十番は怖い街でもある。


<プロフィール>
樋口卓治(ひぐち・たくじ)
古舘プロジェクト所属。『中居正広の金曜のスマイルたちへ』『ぴったんこカン・カン』『Qさま!!』『池上彰のニュースそうだったのか!!』『日本人のおなまえっ!』などのバラエティー番組を手がける。また小説『ボクの妻と結婚してください。』を上梓し、2016年に織田裕二主演で映画化された。著書に『もう一度、お父さんと呼んでくれ。』『続・ボクの妻と結婚してください。』。最新刊は『ファミリーラブストーリー』(講談社文庫)。